第十四話

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 中学にあがると、学級委員を任されるようになった。  積極的に名乗り出る子がいるだろうに、伊賀利さんにぴったりだと思う、と担任に唆されて、夏休み明けのHRで手を挙げた。一年生の二学期だった。  初めはクラスメイトの前に立つことに臆することもあったが、その教員の言葉通り、次第に慣れていった。  そこから、少しずつももの人生は変わっていった。品行方正で、責任感がある。物腰も柔らかく、面倒見もいい。なにをやらせても、文句を言わずそつなくこなす。 「教師とか向いてると思うな」と、気がつけばそんな言葉をかけられるようになっていた。なんの根拠があったのかもわからない。だが、十代の敏感な心を揺さぶるには十分だった。  将来を考えるときにはいつもその言葉がつきまとい、さらには、いつしかその道に進むにふさわしい思考をもつようになっていた。  同時に、人々は要領がいい女の子としてももを扱い、多くの重荷をその背に載せていくようになったのもそのころからだ。彼女自身も、周囲の期待を裏切りたくなくて、自らその荷をいくつでも背負うようになった。  いつしか、その荷は彼女の(かせ)となり、次第にももは仮面をかぶるようになった。いや、もしかすると、最初から、理想の自分という仮面をかぶっていたのかもしれない。  その期待に応えなくちゃ。迷惑をかけないように、相手を楽しませ、心地よくさせてあげられるように。優しい人を求めるより、優しい人にならなくちゃ、と。 「それからは、とにかく必死だった。理想の自分になりたくて、常に口角を上げているように心がけたし、イラッとくることがあっても、五秒数えて我慢するようにしてた」 「まるで軍隊だな」シモンは言う。  そうね、と彼女も笑った。  高校、大学、それから社会人になり、授業中に手をあげることすら億劫な少女はいつのまにかいなくなっていた。それが、人間の成長であり、正しい人生の進み方だと彼女自身は思っていた。 「だからと言って、いやいや教師になったわけじゃないの。わたしの手で変えられるなにかや、救える存在があるんじゃないかって(こころざし)もあったし、希望も持ってた。なにより、仕事は辛いこともあったけど、楽しかった」  教員であった数年を(かんが)みて、脳裏に浮かんでくるのは、教え子たちの声や顔だ。 「先生」とあどけなく呼ぶ声や、「おはよう」「さようなら」と元気よく飛び交う挨拶、大口を開けて笑ったり、一生懸命にノートに向かったり、難しそうに鉛筆を転がしたり。充実した日々だった。  だが、いくら周囲が望むような優しい人間になろうとも、積極的で、責任感の強い立派な女性になろうとも、どれほど仕事に精を出そうとも、結局、彼女は救われなかった。
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