第十五話

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 その三階に構えられたこの画廊は、まさしく貴族然としており、画廊にするにあたって要所要所を改装したと言うが、重々しい緞帳(どんちょう)が垂らされた窓辺はまさにその名残りを感じさせた。  壁は作品を飾る部屋によってその色や質感を変えているが、節々に残る調度品や壁、柱、あるいは窓の石細工は、なるほどジャン=クロードの洗練された雰囲気に合致する。 「曽祖父の時代から、ここを画廊にして商いを始めたんだ。アカデミーに所属する大家作品から、世の中で紙切れ同然と揶揄(やゆ)された印象派画家の作品も。あるときは、ピカソの作品も扱った。と言っても、大戦中はナチが芸術に関しても目を光らせていたから、大っぴらにはできなかったがね。私は小さいころからここで、多くの作品を見て育ったよ」  かなりの数が展示されていた。油彩画から彫刻、銅像。中には見たことのある作品までもが飾られている。  ぐるりと展示された作品たちを眺めるもものそばで、独り言のようにこの画廊の話をしたあと、「まあ、それはいいな。こちらへ、モモ」とジャン=クロードは画廊の奥へとももを誘った。  いつのまにか外套を脱ぎさっていたようで、ももの羽織っていたコーディガンも慣れた手つきで預かってくれる。  数々の作品を横目に、観客一人居ないギャラリーを進むのは、城の奥に踏み込むようであった。パリの喧騒からあっという間に遠ざかる。  最奥へと繋がる廊下を進むと、厳重にロックキーのかかった部屋にたどり着いた。  ここに、彼の言う「」があるのか。ももは重たい瞳を懸命に(もた)げて、三揃いのパリッとした背広を眺める。  番号を入力し、ジャン=クロードはセンサーに目をくぐらせる。いかにも歴史ある造りだが、生体認証を使用しているあたり、最先端のセキュリティーを備えているらしい。  ガシャン、と錠の開いた音がして、このギャラリーの主は真鍮(しんちゅう)のノブを押し開けた。 「これは」  ももは陶然と呟いていた。 「シモンとは、互いの祖父の時代からの付き合いでね。今のところ、奴の過去の作品を管理しているのはうちなのさ」  所狭しと並べられたカンヴァス。その多くはジヴェルニーのアトリエとは違い、額縁に入れられており、あるものは丁寧に袋や箱にしまわれてもいた。  どうぞ、と促され中に入ると、空気が引き締まるのを感じた。それは絵画たちのために徹底的に管理された湿度や温度のためか、それとも、ある人物の過去にふれるという緊張か。  心臓は少しずつ速くなり始めていた。 「すべて、あの人の……」  か細いももの声に、ジャン=クロードは金糸を揺らして静かに頷く。 「ここにあるのは一部だ。パリでその頭角を現し始めた八十年代半ばから、九十年代前半の作品。倉庫には、もう少しあったと思うが、どうだったかな」  何枚もの、数えきれぬほどの作品に包まれて、ももは半ば言葉を忘れていた。およそ二十年以上前に描かれた作品だというのに、ももの目に映る絵画は色褪せることなく、精彩を放っている。  独特の光と影の調和や色使い。それらには、たしかにももがジヴェルニーの丘で見つけたドーヴィルの浜辺に通ずるところがあった。
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