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「これが、いいもの、ですか」
ほとんど掠れ声で訊ねたももに、ジャン=クロードは視線を寄越しただけでなにも答えない。それどころか、扉を閉め切ると、彼はカンヴァスの間を丁寧に縫い、部屋の奥から一枚の絵画を持ってきた。
箱に入れられたそれは、ももの上体ほどはあるだろうか。かなりの大きさだ。ジャン=クロードは、使われていないイーゼルを傍から持ち出すと、箱から取り出した中身をそこへ立てかける。カンヴァスは厳重に布に包まれていた。
白い手袋をつけたジャン=クロードがそれをそうっとほどく。
ももは反射的に口元を覆った。
「彼が、最後に描いた人間だ」
一面の白だった。白いシーツの海に女性が横たわっている。
たっぷりとしわの刻まれた布団から投げ出された脚、気怠そうに枕を抱く腕。その肌の色はシーツに溶け込みそうなほど白く艶やかで、ウェーブのかかったブロンドの髪が、まるで花を散らすように舞っている。
シモンが、最後に人を描いた絵。
一見すると、ベッドで眠りにつく美しい女性の姿に見えるが、その絵画の異常さにももは気がついた。
ドーヴィルの浜辺とは対照的なほど、精彩を欠いた女の姿。きっとあの女神と目の前の彼女は同一人物のはずだ。だが、唇は青ざめ、頬はほぼ色がない。だらんとベッドから垂れた手、未来永劫開かれることのないであろう、重く閉ざされた瞳。
恐ろしいまでも美しいその白が齎す意味を、ももは知っていた。
全身の血が沸き立つ。どっと激しく血潮がめぐり、目の奥が、ぐっと熱っせられた鉄を押しつけられるように痛む。
「君の感情はなんだ?」
抗うこともできず、まなじりから涙が溢れ、頬を伝っていた。手は震え、喉元になにかが迫り上げてくる。脚はガクガクし、立っているのが精一杯だった。
「わたし、は」
目の前に突きつけられた、ある女の死の瞬間に慄いているのではない。
駆け巡るマグマのような血潮、それは……。
「なぜ泣いた? 美しいからか? 違うだろう」
ジャン=クロードは凛とした佇まいで、あの見透かすような碧眼をももに向けている。訊ねるような調子をとっておきながら、彼女に答える一切の隙を与えない。
心臓が抉られる。息が苦しい。喉が今にも灼けてしまう。頭は熱く、視界がチカチカする。涙は止まらず、次々と溢れていく。
なぜ? その答えを画商が見出す。
「——嫉妬したからだ」
ももはとうとう嗚咽をもらした。堰を切ったように哀れな吐息が涙とともにこぼれていく。激しい感情が全身を巣食い、彼女を飲み込んでいく。
「あの絵に。そして今目の前にあるこの絵画に。彼によって描かれた、唯一無二の女性に」
ジャン=クロードは容赦せず続けた。
「なぜならば、君はアイツをーー」
感情の切っ先が自らの喉に突きつけられる。
「——やめて!」
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