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それを考えるたび、腹の底で渦巻くのは、醜い嫉妬だった。
浜辺に立つ彼の女神を見た瞬間の、目の前のカンヴァスを引き裂きたくなるような激しい衝動と、瞳孔をツン、と針で刺して、すべてなかったことにしたくなるような、そこはかとない絶望を、ももは忘れもしない。今でも、彼女の肌の下で、醜い嫉妬は、渦巻いている。
あのとき、ももが慄いたのは、あの光溢れる絵画のあまりの美しさではなかった。そこに込められた想いに、情熱に、慈しみに、そして、自分の中で、彼を自分のものにしてしまいたい、という重い欲望が渦巻いていたことに、気がついてしまったからだったのだ。
「あらあら、どうかしたのかしら?」
一人の貴婦人が、茫然と窓の向こうを眺めるももの前に座った。
くるりと巻いた白髪に、幾重ものしわの刻まれた顔。かなり歳を召してはいるが、その声はしっかりしている。
ももは声をかけられて意識を取り戻すと、そこで、自分が泣いていたことに気がついた。
「ああ、すみません。ちょっと、感傷に浸ってしまって」
「窓から外を眺めていると、なんでもかんでも、通り過ぎてしまうような気がするものね」
なんて、情緒不安定な女だ、と内心自嘲する。そっと背を撫でてくれるようなマダムの言葉にももはやわくはにかんだ。きっと、情けない顔だった。
「パリへ仕事へ?」
「いえ、これから、国に帰ろうかと思って」
「あら、バカンスの終わり?」
にこにこ、笑みを絶やさない彼女に、ももは眉を下げる。
「ええ、夢の終わりです」
そうだ、まさしく、夢のような毎日だった。シモンの絵画に囲まれ、ただひたすら、風や光、あるいはセーヌの調を感じる。あれ以上、なにもいらないと思うほどに。
「素敵な時間を過ごしたのね」
「そうですね。とても、豊かな時間でした」
思い出すたび、涙が溢れてしまう。自分の中のタガが外れて、堪えてきたものすべてがぽろぽろと剥がれ落ちるように。いや、それこそ、水を注ぎつづけたコップからすべてが溢れていってしまうようだったかもしれない。もはや、止めることなどできそうになかった。
「あなたを帰すのが惜しいわね。どうしても、行かなくちゃならないかしら?」
お茶目に笑ってハンカチを差し出すマダムに、ももは泣き笑いを浮かべて、こっくり、頷く。
「愛してはならない人を、愛してしまったんです」
自分は、彼のそばにいてはいけない。
ももは頬に伝った涙を拭って、じっと、列車の行先を見据えた。
パリまで、あと少し。
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