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第十七話
滞在期限まで、あとわずかだった。
数えられるほどの日にちを実際にカレンダーで指折り確認しながら、ももは荷造りをし、不動産にアパルトマンの鍵を返す準備をしていた。荷物を増やさぬ努力の甲斐あってか、大きな旅行鞄におおよその荷は詰めこみあとは機内持ち込みのボストンバッグでまかなえるだろうというところ。だが、三か月もフランスにいたのだ。部屋はすでに借りたときの状態に戻りつつあったが、少なからずももの生活感が出始めていたそこに、すっかり愛着が湧いていた。
パリ左岸の小さなアパルトマンの四階。独り住まいにはちょうどいい1LDKの出窓からは、アジア人街の穏やかな活気が感じられる。けして景色がいいわけではないが、人々にとってのパリの暮らしが臨める、またとない物件であった。
御歳何歳になるのかわからぬ窓枠は戸を開け放つたびにキイキイと気味悪い音を立てたが、リノベーション済みなのか壁はアイボリー色に塗られ、こざっぱりとした心地のよい印象だ。
窓から見下ろした角にはベトナム料理屋があり、いつも賑わっている。反対側にはファーマシーがあり、何度も世話になったものだ。
しばらくここを離れていたからか、はたまたここから離れていくからか、その景色はいつもよりも、ももの目をの奥をツンとくすぐった。
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