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 高三になる兄、将継(まさつぐ)の左胸には、小さいのとそれよりもう少し大きくて濃い二つのほくろがあって、小さい頃は一緒に風呂に入るたび人差し指の先ほどの間隔をあけて二つ並んだそれを指でつついたりくすぐったりしてふざけ合うのが好きだった。  兄さんはタマネギと雷が嫌いで、二人だけで留守番をしている夜に雷が鳴ったりしたら、脱兎のごとく布団にもぐりこんでおれにしがみつきガタガタ震えていた。大人がいない家で二人きり。しかもそれが夜だったりすると、おれも決して怖くないわけじゃなかったし、兄さんがそうなってしまうことにわずかに責任を感じながらも、「ごめんね。でもだいじょうぶだよ、まぁちゃん」と、兄さんの背中をトントンとやることに優越感めいたものを感じてもいた。母親のお腹にいる赤ちゃんみたいに、くるっと身体を丸くした兄さんのまっすぐな髪に鼻を突っ込み、両腕で背中を包む。その行為は、おれにある種の感覚を目覚めさせていった。  その頃父親は単身赴任で家には居らず、兄さんが高学年になる頃には母親も本格的に職場復帰し週の半分ぐらいは夜勤。そうじゃなくても帰ってくるのは小学生がとっくに寝入っている頃で、それが不幸だとか他人と違うなんて思う物差しをおれ達は持っていなかった。車で三十分ほどの所に住む祖母はいつも「普通、こんなに放ったらかしにしないわよ」と苦々しく言うけど、おれらにとってはそれが当たり前で普通の日常だった。   二年になってから、隣のクラスの森がやたらと声をかけてくるようになった。森とは小学校の六年で初めて同じクラスになり、家が近かったせいかお互いの家を行き来して遊ぶようになり急速に親しくなった。ただ中学に入ってからはクラスも違ったし、体育会系の部活動に励む森はみるみる身長も伸びて身体つきも変わり、お互いつるむ顔ぶれも明らかにタイプの違う人間ばかりになった。  それなのに。二年になった途端、辞書を忘れたから貸してくれと唐突に言ってきたのをスタートに、廊下ですれ違うと声をかけてきたり、話しかけてはこないものの、まるで監視でもするように休み時間になるとうちのクラスへ入りびたるようになった。  夏休み前。午前授業で下校が早かったある日、教室を出るのを待っていたように「昭継(あきつぐ)、今日うちに来ないか? 羽柴も呼んでる。久しぶりにゲームしようぜ」と森がまくしたてた。羽柴の家は隣の校区になるから中学は別。森とおれ、羽柴はたしかに小学校では仲良し三人組といわれていたけど、なぜ今このタイミング? おれの顔は誰が見てもわかるほど猜疑心でいっぱいだったけど、二年前に比べ三十センチほど身長差ができてしまった森のデカい図体に詰め寄られ、つい「……いいけど」と答えていた。
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