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 何を思ったのか、不意に森が拘束具をゆるめ生ぬるい舌を口の中にねじ込んできた。目を開けたままの顔が至近距離にあるせいで、視界が暗い。 「目、開けてんじゃねぇよ」と鼻の先を舌で舐めようとするのを顔を背けて振り切り、睨みつけた。 「お前、何がしたいの?」 「ヤリたいだけだよ。アキと」 「普通は女とするだろ。おれ、女の代わりか?」 「さぁ。けど、おまえは兄貴にヤッてもらえない代わりに、おんなじまーちゃんにヤられて良かったよな」  薄い氷にピシリとヒビが入った。少しずつゆっくりと裂け目が広がっていく。  好きなんだろ? 兄貴のこと。そう言いながら森が、じっと動かないおれの鼻先をさっきの仕返しとでもいうように嫌な音を立てて舐め、唾液を絡ませる。鼻から頬、耳、唇から首、肩にかけてじっとりと湿った筆先で線を引くように唇と舌が移動していく。 「俺、見たんだよ。六年の時、お前の家に何度か遊びに行っただろ。お前の部屋の机のさ、一番端の引き出しに入ってたあれ。水色の封筒。誰かからラブレターでも貰ったのかと思って、お前がトイレに行ってる時に見たら──」 「やめろ」 「『まぁちゃん』て兄貴のことだろ? あの日、俺が帰る時にちょうど部活から帰ってきて、『まぁちゃん』『将継兄さん』って呼んでたもんな」  …………。 「男が好きって時点でどうかしてんのに、よりによって兄貴が好きって。そんで、好きな男にはヤッてもらえないどころか相手にもされなくて、好きでもない男にまんまとヤられて。なぁ? そんな奴が『普通は』とか言ってんの、オカシすぎて嗤うわ。お前がまず普通じゃねぇんだよ。黙って好きでもない奴のを咥えて、ヤられて、適当に慰めとけば? ……」  そこから先、森が何を言ったのか覚えていない。  ただ、異様にゲスい表情をした森がたまらなく醜く唾を吐きかけてやりたいぐらいだった。もしこの国にパージ法が施行されて、一年のうち十二時間だけは殺人やその他何をしても罪に問われないなら、おれは真っ先に森を手にかける。  そう決めた時、窓の外で何かが小さく光り、その数秒後にはゴロゴロと雷鳴が聞こえ、雨が降り出した。雨は、瞬く間に文字通りバケツをひっくり返したような勢いであたり一面をめった打ちにし始めた。すぐそばに落雷したような轟音がし、窓ガラスがガタガタと揺れる。森はそんなことを気にも留めず、おれの中に挿れたままスマートフォンを取り出し撮影をしようとしていた。おれは、ヤツの一瞬の隙をついて上半身を引いた。何かを言おうと口をパクパクさせながらスマートフォンを握りしめた森の、醜く膨れて反り返った陰茎を思いきり踏みつけ、散らかった服とカバンを手に部屋を出た。 『今日は前期末の試験で部活はないから夕方までに帰るよ』と、朝出ていく時に兄さんが言っていた。 『タマネギは克服できたのに、雷はまだちょっと怖いっていうか』って、先週ひどい夕立の後に雷が鳴った時も苦笑いしておれのそばを離れなかった。  まぁちゃん。  兄さん。  鼻水をすすり、涙があふれた目をこすりながら「あぁちゃん」とおれを呼ぶ幼い声。兄さんが雷をダメになったのはおれのせいでもある。
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