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第6話
「眞木先生!」
柚羽が弾んだ声を上げた。眞木は桐生のそばに立ち、花梨に向かって笑いかけた。
「この人、僕の兄なんです」
「え……」
花梨は目をぱちくりとさせた。はずみで柚羽に目をやるが、一ミリも驚いている様子はない。むしろ分かっていたとばかりにニコニコと笑っている。
(どういうこと……?)
「私も昨日、眞木先生と桐生さんから伺ってびっくりしたの。けど兄弟だけあって、やっぱり似てらっしゃるわよね」
楽しそうに話す柚羽を尻目に、花梨ははたと気づく。
「で、でも……」
なんとなく切り出しにくいので口籠もらせてしまう。
桐生と眞木――名字が違う二人が兄弟なんてすぐに分かるはずもない。二人とも相当な美形ではあるが、あまり似ていない。柚羽は似ていると言うが、それも兄弟であることを知った上でよくよく見れば、の話だ。
優しげで人懐っこい見目の眞木に対し、桐生はザ・クールビューティだ。美しい顔をしているが、排他的な雰囲気を併せ持つ。昨日シフォンベリーに来店した時も、花梨はその佇まいに気圧された。
けれどそんな桐生は花梨が心で燻らせている疑問を、彼女の様子ですぐに察したようだ。
「あぁ……私たちの両親は離婚していて、私は父方に、直登は母に引き取られたんです。この病院は母方の実家が経営しています。桐生不動産開発は父方の会社です」
「僕たちの上に一人姉がいて、桐生不動産開発の次期社長と言われているんですよ」
眞木がにこやかに笑いながら言い添えてくれた。
「そうなんですか……」
花梨は小声で答えた。彼らにとっては言いづらいことだったかもしれないのに、自分の曖昧な態度が言わせてしまったのかと思うと、どこか申し訳ない気持ちになった。
「というわけで、遠慮なく兄を使ってやってください」
眞木が桐生の背中をバン、と叩く。当の本人は「痛い」と呟きながら弟を軽く睨んだ。
「眞木先生がおっしゃるなら、安心ですね」
柚羽が嬉しそうに言う。眞木を視界に捉えるその目元が、ほんのりと赤く染まっている。そして眞木もまた優しい笑みで柚羽を見つめていた。
(柚羽……?)
姉と眞木の様子を見て、花梨の心はわずかにざわついた。
「眞木先生、桐生さん、本当にありがとうございます。お世話になります」
雅美はすっかりその気になっている。それを受けて桐生は彼女から荷物を受け取り、開け放してあったハッチバックに積んだ。その中には花梨が作ったアレンジメントもある。
「花梨さん、そちらも」
花梨が手にしていた荷物を、桐生が指し示した。
「あ……はい、すみません、ではお願いします」
母も姉も彼の親切をすんなり受け入れてしまっているので、自分だけが拒否するわけにもいかない。いくら花梨でもそれくらいの空気は読める。内心渋々ではあったが、表向きは素直に荷物を彼に手渡した。
桐生は荷物をすべて積み込んだ後、後部座席と助手席のドアを開ける。
「後ろは病み上がりのお二人に座っていただくということで、花梨さんは助手席でかまいませんか? 後ろに三人乗れるのですが、ゆったり座れた方がいいかと思いますので」
「あー……はい、大丈夫です」
花梨はこくん、と頷いた。彼女も一応そのつもりでいたので、何ら異議は唱えなかった。
雅美と柚羽を後ろに乗せた後、桐生は最後に花梨をエスコートする。それに逆らうことなく、彼女は助手席に乗り込んだ。
車は静かに発進し、病院の敷地を後にした。
「花梨、桐生さんに道案内してさしあげてね」
後ろから雅美に促された花梨は、ほんの少しだけ身を乗り出して前方を指差す。
「あの信号を左に曲がってください」
桐生は「了解しました」とひとこと呟き、左折してから切り出した。
「――昨日、見舞いの花を買いに行った時、初めは店先にいらしたのが柚羽さんかと思ってしまって。もう退院されたのかと驚いて、まじまじとあなたを見てしまいました。不躾で申し訳ないことをしました」
言いながら、彼は少しだけ頭を下げる。目線は前方に向いているが、わずかに申し訳なさげな横顔が見えた。
「気にしてませんから大丈夫です。……あ、次の信号右です」
(そっか、だからあんなに私を見てたんだ。柚羽と間違えられてたのか)
花梨が柚羽に、柚羽が花梨に間違えられることは、それこそ幼い頃から数えきれないほどあった。いちいち気に病んでいられない。
「――でもよくよく見たらまったく違いますね。二人の区別はもうしっかりついたので間違えることはないです」
まったく違う――どこがどう違うのか、あえて問うまい。花梨はそこは受け流した。
どうせ行き着く先は『柚羽さんはおきれいですね』なのだから。
二人が他人に与えるそれぞれの印象というのはかなり違うようだ。病弱であまり感情を高下させることのない柚羽はたおやかで儚げに見えるらしく、それが男性の庇護欲をかき立てるようだ。花梨を通じてアプローチをしてきた男も、一人や二人ではない。
一方花梨は花梨で、気軽に誘いに乗るタイプでは決してないのに、何故かそう思われることがしばしばあった。柚羽は高嶺の花で手が出せそうにないが、花梨ならあるいは――柚羽とは同じ顔でありながら、お手軽につきあえそうだと声をかけられたりした。もちろん、そんな軽薄な男は花梨の氷点下な対応で返り討ちに遭うわけだが。
そのことで柚羽に嫉妬したことなどないが、その手の男には心底うんざりしていた。あまりにもうんざりしすぎて、今となってはもはや『無』だ。
だから桐生にそう思われたところで、何ら感じることはない。
「――お二人とも、それぞれ違った魅力のあるお嬢さん方だと思います」
「……」
刹那、桐生が突然に放った一言で、花梨の心はピクリと反応する――が、すぐに我に返る。ぱちぱちと何度も目を瞬かせた。
「あら桐生さん、お上手ねぇ」
雅美がふふふと口元に手を添えて笑った。柚羽も隣で邪気のない笑顔を見せている。花梨だけが、苦々しい思いを拭えないでいた。
(そんな風に言ったって、騙されないし!)
花梨は助手席で桐生に見えないよう、頬を膨らませた。
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