一聴惚れ

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数日後、穂高さんから打診された【ミカエル】のドームツアーの舞台美術の詳細打ち合わせも兼ねて、新しいアルバムのレコーディングに立ち会わせてもらえることになった。 「おーっす。わりぃね、来させちゃって。」 オーバーサイズのロンT、年代物のデニム、履き潰されたスニーカー。 テレビに映らない穂高さんは、ロックバンド感ゼロでそこらへんの兄ちゃん風情だ。 「とんでもない。すごく嬉しいです。【ミカエル】の新しい曲誰より早く聴けるんですから…」 ぐはははっ… 豪快に笑いながらコーヒーを淹れてくれた。 「ボツになって世に出ない曲が半分ぐらいあるんだけどねぇ…」 「そんなに……あるんですか…」 「俺らそんなに大御所でもないし、タイアップだとさ、7~8曲作ってどうですか?ってクライアントに聴くの。全没食らうときだってあるぜ。」 見えてる部分はひたすら眩しい【ミカエル】も、コンペ出しても出しても落ちまくる俺に近いところがあるんだな… 「あ、雅人くん、彼女覚えてる?五嶋千弦さん。」 「はい、覚えてます。」 覚えてるどころじゃないよ。 忘れたくても忘れられずにずっと彼女のこと考えてるよ。 会いたかったのに、会えなかった彼女。 「あの番組放送後、すっごい問い合わせ来たんだって。YouTubeの登録数も再生回数も爆発的に上がったみたい。王立音楽大学の広報担当の方に言われたよ、ニホンノテレビスゴイデスネって。」 「そっすか。」 当然と言えば当然。 彼女にとってもたぶんいいこと。 でも複雑。 「リハーサルの時、五嶋さんと俺ら同じ楽屋だったじゃん。怒られちゃったんだって。五嶋さんと一緒に出てた管弦楽部の子達は楽屋別で用意されててミーハー心出して誰かに話しかけるのは禁止されてたのにあの子だけズルいみたいな?あと名前忘れたけどアイドルの子からも嫌み言われたとか。女ってめんどくせぇよな。んでさ、ツアーの同行は学校と両立できないけどレコーディングだけなら参加できますって返事来た。プラス、片平さんの舞台デザイン楽しみにしてます、そう伝えてくださいって。」 ごふっ… 最後に急に俺出てきたから照れてビックリして喉の限界を越えてコーヒーがなだれ込んできた。 「あは…すげープレッシャーっすね。」 ちょっとこぼれたコーヒーをティッシュでポンポン吸い取ると、穂高さんは見透かしたような得意顔でニヤニヤした。 「2月末に4日だけ帰国してもらって、レコーディングやる。俺らのレコード会社と契約もする予定。あとアー写撮ったりとか結構怒濤なんだけど、【ミカエル】が出る屋内フェスのライブつれていこうと思ってる。雅人くんも来なよ。デザイン考える参考にするためにという“こ・う・じ・つ”で!」 「ふへっ?」 「会いたいんでしょ?五嶋さんに。」 「いや別に俺は五嶋さん…舞台美術…とか…バイオリン…の…そういう…じゃなくて…」 穂高さんはまたニヤリと笑う。 「雅人くん、動揺しすぎでわかりやすいな。ファーストインプレッションは大事にしたほうがいいぜ。」 「………………………むぐ………」 喉の奥から小さな声が漏れるのを聞いて、穂高さんは今度は膝を叩いて大爆笑した。 「“むぐ”とか!人間マジでぐうの音も出ない状況になるとそーなんのな!はーー。雅人くん素直でおもろいな。いじり倒したらいつか“ぎゃふん”とかも言うんじゃねーか?」 「………………穂高さん、俺で遊んでます?」 また彼女に会える。 手を伸ばせば届く距離に彼女が来てくれるまであと2ヶ月。 慌ただしく仕事をしていれば、そんなのほんの一瞬だ。
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