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「菊川くん!放課後さあ、前やった方程式のところ、教えてくれない?菊川くん教えるの上手だから‥」
「えっずるーい!菊川くん、私にも!」
「私も菊川に教えてほしいとこあるの!ねえ菊川くん、いいでしょ?」
菊川くん!
菊川くん!
菊川くん!
はぁ~まじで朝からうるせぇ!こちとら寝不足なのに、猿みたいにキーキー周りで鳴くな。耳障りなんだよ女の高い声って。ていうか、教えて教えてばっかで、少しは頭使って考えてから聞けよ。俺はお前らの先生じゃねーんだから。
「ごめんね、今日の放課後は用事があるんだ。文化祭実行委員会の集まりがあって。勉強教えるの、明日でもいい?」
眉を下げて、軽く頭を傾け、できるだけ申し訳なさそうな表情を浮かべてみせる。申し訳ない、なんて本当なこれっぽっちも思っていないけどな。
「そっか‥しょうがないよね、菊川くん色々仕事あるし‥」
「クラス委員も生徒会もやってるのに、文化祭実行委員もやってるなんてすごいね。さすが菊川くん‥」
女たちは、俺に尊敬の眼差しを向ける。
もし漫画だったら、菊川くん、かっこいいなあ、素敵だなあ、という吹き出しが、ハートマークと一緒に女たちの頭の上に描かれるだろう。
しかし残念。俺は、お前らが想像しているような、『人の役に立ちたい!自分を成長させたい!』みたいな青春大好き浮かれ野郎ではない。
クラス委員も生徒会も文化祭実行委員会も、ただ、周りからの評価を上げるためにやっているだけ。
俺の評価が上がれば上がるほど、周りの奴らは小さく見える。ちっぽけな馬鹿な虫。俺の偽りの笑顔に騙されて、俺の楽しみの駒になれ。
「あ、もうそろそろ朝学習の時間がはじまるね。僕は職員室から日誌と名簿を持ってくるよ。」
俺はそう言うと、俺を見つめて惚けている女たちをその場に残し、そそくさと教室を出た。
正直ああいう騒がしい女とは、なるべく一緒にいたくはない。声はでかいし話は長いしベタベタと体を触ってくる。一定の距離を保つことが大切だ。
それに俺は今日、寝不足だ。朝だというのに、だるくて、少し頭痛もする。いつもの爽やかな笑顔が歪みそうだ。だからああいう女といると余計疲れる。
寝不足の原因はたったひとつ。
昨日、生徒会の先輩の一人に、『菊川にしか頼めないんだ!明日までにやってきてくれ!よろしく!』と、書類の整理を任されてしまった。
任されたというより、押し付けられた。
帰って授業の復習と予習をしてから、先輩に任された書類の整理をした。しかし想像していたよりも量が多くて、結局眠りについたのは3時近くだった。一日にやれる量じゃない。まあ俺だから一日でできたが、先輩がやっていたら丸一週間はかかっていただろう。
先輩のことを考えていると、ついイライラして、早足になる。
クソが。生徒会集会でも、来るだけで寝ているだけの無能の癖に。頭の悪そうな先輩だと思ったから、面白くて、''先輩かっこいいです先輩さすがです''とわざと煽てて調子乗らせて、その一層のアホっぷりを見て楽しんでいたのに。ちっ。もう絶対にかっこいいなんて言うものか。
そもそも、『はいっ!分かりました先輩!』といつもの勢いで仕事を引き受けてしまった自分にも腹が立つ。『今日は帰ってから塾があるので‥』とか言いながら、申し訳ない、という表情を浮かべれば、さすがの先輩も引き下がっただろうに。
くそ、本当にいらいらする。寝不足なんて久しぶりだ。もし授業中にうとうとしているところを先生に見つかったら、せっかく積み上げてきた俺への評価が無駄になるじゃねーか。
人の少ない渡り廊下を過ぎ、階段を駆け降りようとしたとき。
「あ、ちょっと」
後ろから、静かな声で呼び止められた。振り向くと、階段の踊り場の手前の廊下に、男子生徒が一人立っていた。
手から水が滴り落ちているのが見える。おそらく、階段の隣のトイレに入り、手を洗い、手についた水を拭かずにそのまま歩いてきたのだろう。
見たことのない顔だから、同級生ではない。後輩、もしくは先輩。
癖のある黒髪に、気だるげな表情。背は俺より少し高く、きっと何かスポーツをやっているのだろう、それなりに体格が良い。
「僕に用ですか?」
口角を上げ、目を細めて笑いかける。ついさっきまでイライラしていたから、ちゃんと爽やかに笑えているか不安だ。
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