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09
ひとりきりのバス停でベンチに座る俺の後ろに人の近づいた気配がする。
下校時刻を少し過ぎた頃だから誰か知り合いだろうかと思っていると、右耳のイヤフォンが外される。
途端に鳴っていた音楽が薄れ、道路を走る車の音が流れ込んできた。
「へぇ、智也くんこういうの聴いてるんだ」
顎を持ち上げて上を向くと、俺の耳から外したイヤフォンで流れている曲を勝手に聴いている純がいた。
整った顔立ちでか、イヤフォンで音楽を聴いているだけなのに、それがやけに様になっていてなんだか悔しくなる。
「お前はどんなの聴いてるんだよ」
「んー、最近は洋楽が多いかな。あ、興味あるならうちくる?パソコンにいっぱい入ってるよ」
自分の好きなものを勧めたいのか、それほど好きな曲があるのか、純はいつもより明るい声を俺に向ける。
しかし俺は「うちにくる?」というさらっと飛び出た誘いに意識がとらわれて、すぐに言葉を返せなかった。
抑えようとしても自然と浮かんだ、ふたりきりの教室、熱い吐息、乱れた制服の記憶に、視線を泳がせる。気づけば頬も熱くなっていた。
そんな俺を見た純は、にやりと唇を引き上げる。
「智也くん、いまやらしーこと考えたでしょ」
「うるせぇ」
俺を追いかけ回しているうちはあれだけ気持ち良いことをしようと言っていた純は、意外にもそういったことを言わなくなった。
空き教室での行為で何か不満なことがあったのかと思ったが、学校でいつの間にか隣にいることは増えた気がする。
俺はふたりでしょうもないことを話したり、それで笑ったり、心地よい無言を過ごしたり、そういった時間に今は満足しているから、純もきっと同じなのだろう。
「じゃあ俺行くね、また明日」
満足はしているが、俺は純を求めている。
イヤフォンを持っている手を降ろした純の手首を掴む。すると不思議そうな視線が向けられた。
「行く」
「え?」
「家行っていいんだろ?」
俺の言葉に驚きで大きくなる瞳。
離す気のない手首から力を抜かないでいる俺に、うん、とどこかぎこちない頷きが返ってきた。
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