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06
廊下を曲がった先に見えた金髪に足を止める。
あ、やばい。足を一歩後ろに引いたのと同時に、顔が上げられて目が合う。
驚きで大きくなった目からすぐに視線を外すと、体を反転させて呼び止める声から逃げた。
「ねぇ純っち、今日暇?」
「んー、暇だよ」
「今日は甲斐と一緒じゃないんだね」
「え?」
たまたま途中で一緒になった女子と昇降口を目指していると、今は聞きたくない名前が聞こえて顔を向ける。
智也くんの名前を出した女子は何も考えていない顔で、だって、と続けた。
「最近よく一緒にいたじゃん」
「一緒にいたっていうか、俺がちょっかいかけてただけっていうか……」
「なにそれー」
あはは、と続いた笑い声に苦笑を返す。
そういえば俺、よくめげずに追いかけ回してたな。
智也くんもなんだかんだ優しいから、結局俺がいることも許してくれてたし。
どこか気だるげで鋭さがあるのに、年相応な笑った顔を思い出すと、胸の辺りがちくりと痛む。
強引に智也くんに触った日から一週間、俺は智也くんのことを避けていた。
あんなことをしてしまったのだから謝らなければいけないとわかっていても、どうしても智也くんから逃げてしまう。
謝っても許されることじゃない。けれどまず謝らなければ。
「じゃあ今からカラオケ行かない?」
「えー、今から?」
「純っち暇って言ったじゃん」
「まぁ暇だけどさ」
暇だけど考えたいことはたくさんあるんだよ。
それは声には出さない俺の腕に、逃さないとばかりに細い腕が絡みつく。
このままカラオケかぁと思っている俺の後ろからうるさい足音が近づいてきたかと思うと、廊下全体に声が響いた。
「大月!てめぇ逃げんなよ!」
驚いて振り返ると、息を切らした智也くんが俺を睨んでいた。
走ってきたのか肩で息をしている様子をぽかんと見る。
「なになに、修羅場?」
腕に回されていた手が解け、見つめ合う俺たちが交互に見られる。
静まり返った廊下で、きまずそうな声が落ちた。
「なんか邪魔っぽいしあたしは帰るわ」
じゃあね、とひらひらと手を振った女子が離れると、替わりに智也くんが俺のそばまで近づいてきた。
相変わらず鋭い視線が俺に向けられている。
「逃げんなよ、大月」
「うん、ごめん」
もう口をきいてもらえないと思っていたから、智也くんとこうして向かい合って言葉を交わすのは不思議だった。
苦しさと嬉しさと申し訳なさの入り混じった感情が胸に広がる。
今、言え。意を決して息を吸い込む。
「ごめん」
「許さねぇ」
心臓がナイフで突き刺されたかのように痛み言葉に詰まる。
やっぱり、そうだよね、どうしたら、と頭の中がごちゃごちゃのまま黙る俺に、智也くんは言葉を続けた。
「だから、俺のことだけ見ろよ」
「……え?」
言葉を理解しきれず目を見つめると、ぎゅっと眉にシワがよる。
それは隠しきれない照れを誤魔化すかのようだった。
「気づいたら大月のことばっか考えてんだよ。お前が自分のことだけ見ろって言ったんだから、お前も俺のことだけ見ろよ」
金髪からのぞく耳が赤く染まっている。
信じられないけど、智也くんが冗談でこんなことを言うとも思えなかった。
「本当に?俺あんなことしたのに?」
「あれは反省しろよな」
「うん、ごめん。反省してる」
「……で、どうなんだよ」
今まで告白は何度もされてきたけど、睨まれながらなのは初めてだななんて思っていると、ちゃんと聞いてんのか、と軽く肩が拳で押される。
その手首を掴むと、体ごと引き寄せた。智也くんとの距離が、僅かになる。
「これからずっと、智也くんのことだけ見るよ。智也くんしか欲しくない」
誰が通ってもおかしくないこんな場所でこんなことをしていることに、怒られるかと思ったのに智也くんは何も言わなかった。
「なんかお前、良い匂いしてむかつく」
「智也くんからも良い匂いするよ」
「ずっとって、いつまでだよ」
「ずっとだよ」
今まで相手なんて誰でも良かった俺が言っても信じられないかもしれないけど。でもこれからずっと、智也くんのことが好きだよ。
そんなことを考えながら手首に触れる手の力を強くすると、どこか嬉しさの滲む、なんだそれ、という声が聞こえて、力の抜けた頬が緩んだ。
あぁ、俺にも人を愛しいと思う感情があったんだなと実感する。
似合わない片想いが、どうやら終わりを告げたみたいだ。
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