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彼女の事を思い出していた。この50年間、一度も忘れた事はなかった。
数ヶ月前、突然倒れ、私は病院から自宅に戻る事は勿論、外出すら出来ないでいた。
(あれから、50年か…)
いつの間にか、そんなにも時が過ぎていた事に驚く。
忘れた事はなかったのは事実だが、年のせいか、私は、もはや、彼女の顔さえも、曖昧で思い出せないでいる、自分が苦しかった。ただ、あの優しく励ましてくれた声と、真っ白い手を握った時の事の感触は、昨日の事のように、ハッキリと覚えていた。
そして、あの約束をした場所で、強く抱き締めた時の熱い温もりも。
(行かなくては!)
私は強い思いに胸が潰れそうになった。
彼女はあの場所でした約束を覚えているはずだ。今、行かなくては、約束を破った事になってしまう。きっと、彼女は絶望するだろう。私は必ず守ると誓ったのだ。
どうやって、病院を抜け出そうか、そう考えて、また深い眠りにつく。
「ハッ!」
目覚めるとそこは病院ではなかった。でも、そこがどこかはすぐにわかった。そう、そこは、彼女と50年前に約束をした場所だった。
(なぜ、ここにいるのか?夢を見ているのだろうか?)
戸惑う私だったが、気づいてしまう。
(死期が近づいているのだ。いや、もう死んでいるのかもしれない)
ふと、誰もいないと思っていたそこで、背後から人の気配を感じた。
「お久しぶりです」
その透き通る可憐な声で、すぐにわかった。彼女だった。
振り向くと、あれから、50年も経っているはずなのに、彼女は50年前と全く変わらぬ姿で、そこに立っていた。
「約束を守ってくれましたね」
微笑みながら言う彼女を見て、忘れていた顔も、一瞬でよみがえり、50年前に戻る。
「私も年を取りました」
「全然、変わりませんよ」
気がつくと、私も50年前の姿に戻っていた。
「迎えに来たんですね」
しかし、彼女の口からは意外な言葉が出た。
「違います」
(えっ?)
「約束したじゃないですか!私たちは…」
彼女が、その言葉を遮る。
「まだですよ」
(まだ?何がだろう?あれから、50年、経ったのに)
考え込む私に、彼女は目に涙をためて言った。
「いってください」
「嫌です。もう、二度とあなたを離さない」
そう言って、私はあの時と同じように、彼女を強く抱き締めた。
(やはり、彼女は私を迎えに来たのだ)
彼女の体は、昔と違い、とても、ひんやりとしていた。
私の胸の中で、彼女はもう一度、言う。
「いってください」
(嫌だ!嫌だ!)
私は幼い駄々っ子のように、首を振る。ずっと、彼女を抱き締めていたかった。でも、それは叶わない事だったのだ。
冷たい彼女の体は、少しずつ感触がなくなり、そして、私は一人、約束のその場所で、立ちすくんでいた。
あれから、数ヶ月が経った。私は退院して、車椅子生活を送っていた。
ずっと、彼女の事を考えていた。
「いってください」
彼女はそう何度も口にした。
私は「行ってください」、自分と一緒にあの世にではなく、現世で生きてください、そう彼女は願ったのだと思った、が。
違うと気づいた。
彼女の気持ちは違ったのだ。50年前の約束。あの時、誓った言葉。それを、もう一度、彼女は聞きたかったのだ。
そう、彼女は「行ってください」ではなく、「言ってください」、そう願っていたのだ。
50年前、私はあの場所で、こう彼女に誓った。
「永遠に私はあなたを、愛します」
と…。
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