僕の体は口を利く

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   波の音が聞こえます。  海の匂いがします。  裸足の足が痛いです。潮風が冷たいです。夜の寒さがパジャマ一枚の体に染み込みます。  僕の手は風光明媚な海の写真を載せた観光本。ちょっと詳しい人間なら、そこが自殺の名所だということを知っているでしょう。    きっと…今、僕の頭をMRIで撮影したら、脳みそに無数の口が生えていて、僕の体に命令をしている真っ最中でしょう。  そうして神経細胞の口々が、伝言ゲームのように、僕の手足を動かす命令を伝えて、両手両足の細胞が「遠くへ、遠くへ」とスローガンのように、叫びながらせかせか急いでいるのです。    『遠くへ、遠くへ、遠くへいきたい。』  僕は遠くへなんかいきたくありません。  けれども僕の体の細胞たちは口々に叫びます。  『いきたい、逝きたい、逝きたい』  僕は死にたくありません。  けれども、彼女をとりこんだ僕の体は、ただの一つとして僕の願いを聞いてくれません。  『ここ(現世)ではない、遠くへ』  僕は、ここにいたいです。  遠く(あの世)になんか、逝きたくありません。  けれども僕の足は止ってくれず、僕の口は助けを求めず、僕の目の前には真っ黒な海が大口あけて―――。    
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