ハーメルン

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 凹みがいくつもある部屋の床に転がって いると、音もなく窓が開いた。  首を回せないから視線だけ動かしてそちら を見てみると、月光に照らされた人影が こちらを見下ろしている。  スラッとした長い手足を持った、彫像の ような陰。しかし発せられた言葉は犯罪の 持ちかけだ。だが、その単語は最近テレビで 聞いたばかりのもので、つい口が動いた。  「…誘拐って……ハーメルンですか?」  今日見たニュースが頭を過り、思わずその 名前をだす。すると影は「あらっ!」と 嬉しそうに声を上げ、猫のようにするりと 部屋に入ってきた。  「アタシ達のこと、知ってくれてるのね! 嬉しいわぁ。そうよ、アタシはハーメルンの アンナ。本名じゃないけどそう呼んでね。」  そういってぎゅっと手を握られる。その手 はどう見ても男性のものだったけれど、別に 性別に興味はない。特に何も言わずされるが まま手を握られておく。  「ところで秋ちゃん。あ、名前は調べたの よ!それで、さっきの返事はどうかしら。 アタシに誘拐されない?乱暴なこととか、 痛いこととかしないわよ?」  「誘拐……。」  冗談かと思ったが、本当のようだ。さりげ なく握られた手の力が強まっているし、よく みれば薬品のようなものも持っている。  …誘拐か。されてみようかな。何かあった らその時どうにかすればいいし、それに…… どうせこの家にいても、誰のためにもならな い気がするし。  「……じゃあ、お願いします。」  あっさり頷いて見せると、アンナさんは それを見越していたかのようににっこりと 笑い、握っていた手を離した。  「ありがとう秋ちゃん!じゃあちゃちゃっ と拐っちゃうから待っててね。」  そういってアンナさんは薬品を取り出す。 飲まされるのかと思ったが、なんとそれは カラースプレーだったようで、ボロボロに なった壁紙に手早く絵を描いていく。  笛を吹く男に、女の子が着いていく絵だ。  「ん、完成!じゃあ秋ちゃん、掴まって。 窓から降りるけど、怖いかしら?」  「ううん、前に飛び降りたことがあるから 平気です。」  「それは何よりだわ!」  ひょいっと抱え上げられて、窓から少し ずつ降りていく。少しずつと言ってもそこに 迷いはなく、ものの数十秒で地面に両足が ついた。  「じゃ、行きましょっか!うちのアジトに 行ってもいいけど、お腹空いたしファストフ ード店でもいいわねぇ…。」  近くに止められていた車に乗せられ、 大人しく後部座席に横になる。いくら夜中と はいえ人通りはあるし、なるべく見つからな い方がいいだろうと思ってのことだ。  しかし、それはアンナさんによって止めら れてしまった。
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