ハーメルン

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 「なーに後ろいってんのよ。」  「え……。」  ひょいっと持ち上げられて、助手席に 座らされる。しっかりシートベルトをされて 顔を上げると、アンナさんがぷりぷりと 怒っていた。  「誘拐っつってもね、ただの無期限の家出 よ?そんな人質っぽくすることなーいの。 秋ちゃんはアタシの隣で、あの家に向かって 思いっきり舌でもだしてればいいわ!」  なんなら石投げる?と拳大の石を取り出さ れ、ううんと首を振る。  そっか、人質じゃないのか。家出なのか。 ゆっくりとその言葉を反芻して、漸く前を 向く。磨き上げられたフロントガラスが 眩しい。  「ん、じゃあさっさとおさらばするわよ! あとやっぱファミレスにしましょ。アタシ 甘いもの食べたぁい。」  グォン!と派手なエンジン音を響かせて 車が滑り出す。今は確か11時だ。親が 起きないだろうか。  振り向くと、家の窓から微かに白い煙が 立ち上っている。あれって……。  「あら、心配するなんて優しいのね。 安心してよくってよ。あれ睡眠ガス。即効性 で、しかも成分が残りにくい!優れもの なのよ?」  みるみるうちに遠くなっていく家から 目を離し、そうなんですね、と相槌を打つ。 高速道路にのって、最早あの家は見えない。  見えるのはビュンビュン通りすぎる車と、 綺麗すぎる彫刻のようなアンナさんだけ。  「期待してて。すっごく楽しい未来を あげるわ。だから、どうか幸せになってね。 アタシ達、そのためならなんでもするわ。」  どこか寂しげな声音が空気にとける。 私も同じように空気に言葉を溶かした。  「…連れ出してくれただけで、幸せです。 すっごく、期待してますね。」
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