響け、あの遠いところへ

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 地響きのような大歓声が起こるスタンドで、応援団がかけ声の指揮を取っていた。「イーッケイケイケ!! ファイッオー!!」「オーッセオセオセ!! レッツゴー!!」と笛の音に合わせて声援が巻き起こっている。  激しい熱気に気圧されながらも、何とか人の間をかいくぐってブラスバンドの応援席にたどり着いた。先生に謝ってスコアボードを見たそのとき、3番打者がサードベースぎりぎりのところにヒットを打ちこんだ。大音量でメガホンが鳴り響く中、茅野くんと二人でクラリネットの最後列に立つ。 「ちょっともー、何やってんのよ! 始まっちゃってるよ!」  通路に立った紅葉に声をかけられた。走塁の様子をうかがいながら「ちょっと忘れ物しちゃって……」と答える。 「なんだか知らないけど、もうすぐ桐谷くん出てくるよ!」  応援団の合図がかかって、先生が指揮棒を上げた。紅葉は定位置でポーズをとってポンポンをかかげ、千秋と茅野くんはクラリネットを構える。 「イチコーウ! カツゾー!」 「オーー!!」 「ブッチリギリデー!! カツゾー!」 「オオーー!!」 『4番 ピッチャー 桐谷くん』  場内アナウンスがかかると同時に、応援団の笛の音がけたたましく鳴り響いた。指揮棒がフッと振り上がったタイミングに合わせて息を吸い込み、応援歌を吹き始めた。  ♪ティーラッタッタッタッ   タッタッタッタ ティータ!   「キ・リ・タ・ニ!」  ♪ティーラッタッタッタッ   タッタッタッタ ティータ!   「キ・リ・タ・ニ!」  クラリネットをはじめ、フルート、サックス、華々しいトランペットにトロンボーン、ホルン、ユーフォニュウム、チューバ。そして様々なパーカッションにメガホンと声援が混ざりあって球場内にこだまする。  音に合わせてチアリーディングが踊り、応援団が大きな太鼓を叩く。  バッターボックスには桐谷先輩が立っている。左打者なので見えるのはうしろ姿だけだ。ヘルメットを被った背番号4番の凛々しい立ち姿に、必死になってクラリネットを吹く。豆粒のように小さいけれど、しっかりとバットを握っているのがわかる。  クラリネットよ、響け、あの遠いところへ――  茅野くんが息を吹き込んでくれたクラリネットは、まるで冬眠から目覚めた生き物のように鼓動し、美しい音色を高らかに響かせた。彼のリガチャーで固定したリードは驚くほどよく振動し、黒い木菅の部分で増幅された音はベルからとびだして輝きはじける。  ちらと彼を見ると、目が合った。笑うと吹けないのでぐっとこらえてクラリネットのベルを持ち上げた。彼も同じようにしてきらびやかな音色を響かせた。  2-1のまま試合は9回ウラまでもつれこみ、泥まみれのユニフォームを着た桐谷先輩が登場した。2アウト、ランナーは2塁3塁。何とかして1人ホームに戻ってきてほしい。先輩がバッターボックスでバットを構えた。応援団は最後の力を振り絞って声を張り上げる。  スタンド総勢120名の大声援が桐谷先輩に降りそそぐ。 「カットバセー! キーリッタニ! キーリッタニ! キーリッタ……」  次の瞬間、キィンと音が鳴り、ボールが高く打ち上げられた。敵味方、両陣営から声が上がると同時に桐谷先輩が走り出す。千秋は祈るような気持ちで先輩を見つめる。外野手たちが必死になってフェンス近くまで走っていく。    ボールは大きな弧を描き――そのままライトスタンドの隅に吸い込まれていった。  空気が割れてしまいそうなほどの大喝采が響き渡った。桐谷先輩は一塁ベースを踏んだあと、右手のこぶしを天に突き上げた。赤いメガホンが嵐のような音を響かせ、千秋は思わず茅野くんの方を見た。 「ホームラン……」 「2ランホームラン! サヨナラ勝ちだぁ!!」  目を輝かせた彼が千秋の手を取った。紅葉とチアのメンバーたちが赤いポンポンを宙に放り投げた。応援団は老いも若いも一緒になって手を取り合い、肩を抱き合って喜びを分かち合った。  スタンド中が敵味方関係なく声援を送る光景に感極まり、泣き笑いをしながら茅野くんと一緒になってとびはねた。
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