止揚-アウフヘーべン-

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「上京する?」 「する。邪魔?」 「邪魔じゃない!」  私以外の三人の声が同時にそろって、いい音階でハモって廊下に響き渡った。思っていた以上にメンバーたちは喜んでくれたのでホッとした。私なんか仲間にも思われていないのかなあとずっと不安だったから。  両親には結局ずっと言えないまま三年生になってしまった。東京の医学部、法学部といえば、私の成績でも難しく、私立の大学になると思われる。  特に東京の国公立の医学部は格段に難しい。かといって、医者に本気でなる気がないなら、私立の医学部の授業料は酷だし馬鹿げてる。私は、東京の私立大学法学部を受けることにした。  三年生になって少し経った三者面談のときに、初めて先生から母親に告げられた。 「東京?何で?地元の国公立の医学部ならお金もかからないから心配しなくていいのよ。法学部でもいいし。わざわざ遠くにいかなくてもいいんじゃないかな」 (東京に行きたい)  そう言いたかったが、言えずに黙った。 「東京に何かあるの?」  私は、頷いた。 「向こうに彼氏がいるとか?」  首を横に振る。  よほど驚いたのか、先生が目の前にいることも忘れ、母は矢継ぎ早に尋ねてきた。  何て説明しようか言いあぐねて、口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返し、水槽の中でフラフラする金魚になった気分だった。
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