その日は突然やってきました

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その日は突然やってきました

「いつか貴方のお父様が迎えに来てくれるわ。まっていてね、リーンエメラルダ」 お母様はそう言って瞼を閉じた。 「お母様」 いつかというのは、いつなのですか? お母様、私はいつまで待てばいいのですか? お父様は本当にきてくださるのかしら? お母様の言った言葉を真摯に受け止めていられたのは一年くらいだった。引き取られた先の遠い親戚は、私のことを見世物のようにあつかった。私の瞳は緑色で、髪は白い。両千国人の特徴は黒い髪と黒い瞳。あまりに違う容姿の私を周りは鬼の子だと言った。八歳の私は宿をしているおじさんの言うまま店の前に立ち、人目をひいた。 客の目があるから、綺麗な服を着せてもらい食事も与えてもらえたが、私はただの見世物で家族としてはあつかわれなかった。五歳から通っていた学校にもいけず、一日中立ちすくめで宿のために働いた。  風邪をひいても「うつすな」といわれる。どんなに具合が悪くても庇ってくれる人などいなかった。 父は身ごもった母を捨てて、自分の国に帰ったのだと事あるごとに言われた。遠い親戚でしかなかったおじさんは顔を知らないのだ。 「凛! ぼさっとしてないでお客様にお酒をおつぎするんだよ」  おばさんの金切り声が、昨日から痛みを訴える頭に割れ鐘のように響いた。 「はい、ごめんなさい」 とっくりを持つ手を客に握られ怖気立つ。酔っ払っている客は小さな身体でも女であればよいのか撫で回されることがある。怯えれば、面白がって余計にやられることは経験からわかっている。でもどうしても気持ち悪くてお客様から逃げるように手を突っ張った。  ふらついた身体を支えることなどできなくて、冷たい地面に転ぶと目を瞑った。瞬間、フワリとジャスミンの香りがした。 「凛? リーンエメ?」 「エメラルダよ」  忘れてしまっていた名前。おじさんには本名を言わなかった。お母様が他の人の前では凛と呼んでいたから、私以外にはもうお父様しか知らない名前。 涙が溢れた。 お父様は真っ白な髪だった。瞳の色は淡い茶色で、でも絶対お父様だ。だって泣きながら私を抱きしめてくれる。  痛む頭が熱くて、ふわふわした。  お父様は何度も私の名前を呼ぶ。心配そうな声。私は目を開けていられなかった。 「あんた何をしたんだい!」 「うちの子に何のようだ!」  おじさんの怒鳴り声とおばさんの金切り声が店の中に響き渡った。それが二年間過ごしたこの店で聞いた最後の音だった。私は熱を出し、意識を失ったままお父様に引き取れらた。
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