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「おはよう、シゲルさん。もう起きないと遅刻してしまうわよ」 優しく柔らかな声。 毎朝私を起こす声。 「分かってる…だからもう少し…」 後10分は…いや、後5分は寝ていても大丈夫…なのに、声の主はそれを許さず、私から布団を奪ってゆく。 「…お前には優しさが足りない」 全く、年月が経つほどに、妻と言うよりまるで母親のようになってゆく。昔はもう少し可愛らしさもあったというのに…。 「味噌汁冷めちゃうでしょう?今朝はシゲルさんの好きな、豆腐とわかめなのに」 まだ回転しない頭のまま席に着くと、目の前に、白飯に味噌汁、そして焼き魚と漬物という、私の求めるいつも通りの朝食が用意された。 「いただきます」 それだけ言って、黙々と食べ進めていると 「いただきます!」 と手を合わせ、妻は元気に言って、私とは真逆のトーストに目玉焼き、サラダにヨーグルトという朝食を、美味しそうに食べ始めた。 結婚当初から、これだけはお互いに受け入れられなくて、散々話し合って、結局お互いに別の朝食にしましょうという事になった。 『作る手間がちょっと増えただけよ』 妻は面倒臭がることもなく、そんな事を言って笑っただけだった。 こんな正反対の朝食を作るなんて、面倒ではないはずがないのに。 「あ!シゲルさん、今日帰りにスーパーで牛乳買ってきて貰える?今日安いのよ」 「そんなの自分で買いに行けばいいじゃないか。どうせお前は暇なんだし…」 妻は体が少し弱いのもあって、家にいることが多い。だからスーパーに行く時間だっていくらでもある筈だ。 「またそんな言い方。分かりました、自分で買いに行きます。ごちそうさまでした!」 少しだけ乱雑に食器を重ねて、妻は席を立ち洗い物をしに行ってしまった。 すぐむくれるのは、付き合っていた頃から変わらないな… 「ごちそうさま…」 私は一つため息をついて、食器を重ねて、妻の後に続いた。食器を流しに置いて、私は思いつきで妻に声をかけた。 「夕飯に煮物が食べたいな、ほら、お袋がよく作ってたやつ…」 「ああ、あの少し味が濃いめの煮物ね。シゲルさんは昔からあの煮物が好きよね?私の作るものは、味が薄いからお好みじゃないものね」 「作るのか、作らないのか?」 「…私がシゲルさんに言われて、作らないことなんてなかったでしょう?あ!もう支度しないと、本当に遅刻しちゃいますよ?」 トゲトゲした嫌味を言ってはきたけれど、妻は最後には笑って、私を洗面所へと追いやった。 そんないつもと変わらぬ朝のやり取り。どこまでも私の意見を通す、従順な妻。 嫌味は言うけれど、最後には笑顔を見せてくれる妻。 それは私にとっては当たり前のことで。 残念ながら、特に何も感じることはなかった。
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