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退社時間の1時間ほど前だろうか。こんな時間に着信の振動などする筈もないのに、私のポケットの中のスマホが、着信を知らせる振動をしていた。 発信者だけでも確認しようと、スマホの画面を見てみると、全く知らない番号だった。 なんだ、間違い電話か、何かのセールスの電話だろう。こんな時間にいい迷惑だな。 そんな風に思い放置しておくと、相手が諦めたのか振動は収まり、今度は上司の電話が鳴り響いた。 上司はそれを取ると、とても驚いた声を上げて、何故か私を手招きして呼び寄せ、耳元で周りに聞こえないように声を忍ばせた。 「君の奥様が交通事故にあったらしい。すぐに病院に来て欲しいと言っている」 「え…?」 私の頭は真っ白になった。 上司が隣でまだ何かを言っていたが、全く耳に入ってこない。 だけど、私はきちんとそれらに受け答えをし、妻が運ばれた病院まで向かったらしい。その間の記憶が全くないのだが…。 そして、病院まで辿り着いた私が案内されたのは、病室ではなく… 「そ…んな…」 私が入口で立ち尽くしていると、先に来ていた私の母が、泣き腫らした目をして、私の傍へ寄ってきた。 「…スーパーに牛乳を買いに行ったらしいの。その帰りに居眠り運転の車に…」 スーパー?牛乳? それはもしや、今朝、私に買ってきて欲しいと言っていたあれか? 私は朝はあんな事を言ったけれど、帰りにはちゃんとスーパーに寄って、買って帰るつもりだった。でもそれならなんで、私は昼休みにでもその旨を伝えなかった! 何故、あの時断ってあんな事を言った! 私が断らなければ、妻はこんなことには… 私は上手く動かない足を動かして、妻の傍へと向かった。 顔に掛けられている布をそっと捲ると、そこには、まるで眠っているだけのような、穏やかな妻の顔があった。 震える手で、その頬に触れると、ひんやりと冷たい感触が伝わって来た。 「っ………」 自分の意志とは関係なく、目から涙がとめどなく溢れては、こぼれ落ちた。 今朝は笑っていたじゃないか… なのになんで、今はこんなに氷のように冷たいんだ。なんで目を開けて私を見てくれないんだ。 なんでこんな突然に 一人で遠くへ行ってしまったんだ…
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