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私はふらふらとした足取りで、家まで帰ってきた。母が送るとずっと言っていたが、今は誰ともいたくなかったから、一人で帰ってきた。 真っ暗な家の前に立ち、私は思い知らされる。 帰る家が明るくあたたかいのは、そこに自分を待っている人がいるからだ。私はそれが当たり前と思っていたけど、実はそれは、とても特別な事なのだ。 鍵を開けて家の中に入っても、あるのは暗闇と静寂だけで…。 食卓には温かな食事もある訳がなく、当然キッチンにも妻の姿はない。 『シゲルさん、おかえりなさい。あなたが食べたいって言ったから、ちゃんと煮物作ったのよ?言われた通り、お義母さまの味付けでね』 軽く嫌味を含みながら、妻は煮物をテーブルの上に置く。 『あ!お風呂先にする?すぐに入れるようにはしてあるけど』 言いながら、何かを火にかけていた事に気がついて、慌ててガスの火を消しに行く。 どこかおっちょこちょいの私の妻。 私はいつもどこかパタパタしている妻に、少し落ち着けとよく注意していたけど、そんなやり取りも、実は嫌いではなかった。 でももう、ここにそんな妻の姿はない。 家の中が綺麗に保たれているのも、起きた時に、帰ってきた時に、用意されていた温かな食事も、きちんとアイロンの掛けられたワイシャツも、磨かれた靴も、私の周りの当たり前の全てのことが、本当は当たり前なんかではなく、特別な事だったのだ。 そんな簡単なことに、一番大切なものを失うまで気づけなかったなんて…!!! 私の目から、また涙が溢れ出てきた。 「うわぁぁぁーっ」 悲しくて、悲しくて悲しくて。 みっともなくも大声を上げて泣き、私は私の中で、どんなに妻の存在が大きく大切だったか、愛していたのか、妻にどれほど深く愛されていたのかを、改めて知ったのだった。 それは遅すぎたけれど…
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