<第一話・遥かなる道程>

3/4
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
 *** 「……そうだ、そこがお前は勿体無い。ゴール前とか、つい気持ちが入りやすい場所では必ず右足で決めたがる。左もちゃんと使えるんだから、裏をかく意味でも、もう少し左で意識して決めるようにした方がいい」  紅白戦が終わったところで、今日の部活も終わりになる。ここで、監督やコーチが気になった選手一人一人にアドバイスを入れるのだ。今、響也に向かって話しているのはコーチの占部進太(うらべしんた)だった。そろそろ四十にも届こうかといういわば“良い年のおじさん”であるはずなのだが、筋骨隆々の鍛え上げられた体は全く年齢を感じさせるということがない。無精ひげがなければ、もっと若く見えるのかもしれなかった。響也の才能にはやはり光るものを感じるのか、最近は特に熱心な指導をしている場面によく遭遇する。  元々彼も、此処の卒業生だと聞く。一時はプロでやっていたが、挫折して引退し、今は指導者としてゆくゆくは監督ができるように頑張ってるんだ!なんてことを以前話してくれた記憶があった。豪放磊落でとっつきやすい彼は、チームのメンバーからも親しまれている。操も操で、よく相談に乗ってもらう相手だった。 ――確かに、言われてみると不知火はシュートを右足で決めたがるところはあるな。利き足だから仕方ないと言えば仕方ないけど。  人への指導は、自分にとっても身になることが多い。占部の言葉を聞きながら、こっそりメモを取る操である。今回の練習試合では、完全に先輩チームにしてやられた形だった。響也というエースがいながら勝てなかったのは、操の指示ミスが最大の理由である。  今の先輩たちはキャプテンを中心にうまくまとまっていて、とにかく連携に無駄がない。それは、メンバーのことをきちんと司令塔が把握して、的確に指示が出せるというのが最たるところだろう。まだまだ、自分はみんなのことをきちんとチェックできていないし、知らないこともたくさんある。コーチに言われる前に気付くくらいでないといけないな、と心の底からそう思う。  操もレギュラーだが、三年生が抜けるまではサイドハーフのポジションに立つのが基本だ。勿論サイドにだって仕事はたくさんあるが、中央付近で舵取りをするボランチと比べれば司令塔としての役目は大きく求められないことになる。が、キャプテンたちがいなくなればそういうわけにもいかない。自分がフィールドの中心で、仲間たちの動向に目を光らせ、的確な指示とパスを与える立場にならなければいけないのだ。  時間はない。次の公式戦が終われば、彼らは引退してしまう。そして、その彼らの引退までボケっと今の力量に甘んじているわけにもいかないのだ。  全国大会に皆も導く手伝いをし、同時に次の世代の星ヶ丘中サッカー部を作っていく。それが今の自分の目標であり、一番の夢なのである。全国大会なんて夢のまた夢だ、と笑われていた弱小サッカー部が、去年ではいきなり関東大会出場まで成し遂げたのだから。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!