<第一話・遥かなる道程>

4/4
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「お疲れ、折原。相変わらず熱心だな」 「あ、お疲れ様です」  メモを取ることに集中しすぎて、後ろの気配に気づかなかった。ぽん、と肩を叩かれて振り返れば、そこには現キャプテンの高松英知(たかまつえいち)が立っている。やや飛び出した前髪が特徴の陽気な人物だ。が、名前の通りというべきか、おちゃらけて見える言動と見た目に反して非常に頭がいい。  彼が、自分を次期キャプテンかつ次期司令塔に任命した人物であり、操にとっては目標と言っても過言ではない存在だった。 「人への指示まできちんとメモ取ってるのか。俺だってそこまでやったことなんかないぞ」 「そりゃ、キャプテンは一度聞いたこと忘れないじゃないですか。俺はダメなんですよ、凡人なんで。メモしておかないとぽろぽろってお溢れていっちゃいます。少しでも皆さんの役に立てるように、出来ることは全部やっておかないと」 「真面目だなあ。たまにはもう少し肩から力抜けって。確かに指名した手前、プレッシャーはあるんだろうし申し訳ないって気持ちもあるけどさ。まだ俺らは今大会の終わりまでいるんだ、それまでは頼ってくれても全然いいんだぞ。むしろ頼ってくれないと俺が淋しい、キャプテン泣いちゃう」 「はは」  しくしくと派手な鳴き真似をする彼に、ついつい笑ってしまう操である。後輩相手でも壁を作らないどころか、当初は“敬語もいらん!”と堂々と宣言されて面食らうほどだったのが彼である。さすがにみんなへの体面もあるし、操を含めた何名かは彼に対してタメ口をきくような真似などできずにいるわけだが。  チームにとって司令塔も大事だが――同じだけムードメーカーという存在も必要だ。レギュラーが発表される数日前もそう。チームがピリピリしてちょっと嫌な雰囲気になっていたのだが、それを毎回うまく緩和してきたのも英知だと知っている。  彼は凄い。誰が何に悩んでいるのか、どういう落ち込み方をしているのか、ちょっと練習や言動をしただけですぐ見抜いてくるのだ。そして、どう対応すればその気持ちが楽になるかもちゃんとわかっている。まさに、理想的すぎるほど理想のキャプテンと言っても過言でないのだろう。  彼のようになりたい、そう思ってミッドフィールダーを希望したのが最初だったっけ、と思う操である。残念ながら、自分はまるっきり彼のその高みに、届くどころか指さえも引っ掛けられていない有様なのだったが。 「なんなら、今日は一緒に駅前のミランバ寄ってくか。優しい優しいキャプテンさんが、甘党のお前のパフェをおごってやるぞ」 「パフェ!?」  声を上げたのは、操ではなかった。近くを通りがかった一年生、風見亮馬(かざみりょうま)である。ポジションは同じくミッドフィールダーだ。シッポのような長い髪をぴょこぴょこと揺らしながら、凄まじい勢いでこちらに駆けてくる。そして、超絶キラキラした目で、一言。 「俺も奢って欲しいですキャプテン!相談したいことあるんで、是非とも俺も俺も!!」  お、おう、とややドン引きしつつも頷いてしまうキャプテン高松英知。それを見て、さすが亮馬だわ、と引きつり笑いを浮かべる操。  女の子みたいな可愛い顔にほっそりした体つきをしているくせに、こいつときたらとんでもない大食らいなのである。以前、懇親会で食べ放題に行った時のことは伝説だと言っても過言ではない。明らかに、コイツ一人で元を取っていたのだから。 「お、奢るけど……一個だけな?」  優しいキャプテン氏は、当然のようにそう念押ししたのだった。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!