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雪乞人
【ストーリー】
昔から雪を降らせる雪乞人がいた。一子相伝の奥義ゆえ、全国に数人しか雪乞人はいない。普段は市井の人として暮らしているが、依頼が来ると出掛けて行き、雪を降らせ、報酬を得る。依頼人は主にスキー場の経営者だった。
バブル経済華やかなりし頃、全国のスキー場は超満員だった。雪乞人への依頼も多かった。だが、バブル崩壊と共にスキーブームも去った。雪が降ってもスキー客など来なくなった。スキー場は次々に閉鎖。だから冬に雪が降らなくても、雪乞人への依頼は来なくなってしまったのだ。
すると、いつしかこんな噂が流れるようになった。
「雪乞人などいない」
「雪乞人など存在しない」
「雪を降らせる特殊能力を持つ人間など、いるわけがない」
ネット上でのただの無責任な噂だけには留まらず、テレビの報道番組でも雪乞人の存在を疑う識者まで現れた。
一体誰がこんな噂を流布しているのか? 雪乞人に何の恨みがあるのか? なんの悪さもしてないのに……。
雪乞人は依頼を受けて雪を降らせてきた。依頼主は皆、喜んで報酬を払ってくれたものだ。それだけでなく、豪勢な食事や宿泊するための立派な部屋も用意くれた。中には性的なサービスをしてくれる女性まで用意してくれる依頼主もいた。さすがにそれは断っていたが……。
――――俺は雪乞人として、雪が降らなくて困っている人のためにこれまで仕事をしてきたのだ。厳しい修行を積んで体得した技で。なのに、雪乞人の存在まで否定するのか? 俺はここにいる! 俺は、雪乞人だ。雪を降らせる能力を持つ存在なのだ。それを奴らに証明してやる――――
その年は暖冬だった。日本ではクリスマスに雪が降ること自体が珍しい。十二月二十四日の昼下がり。東京のある大きな公園に白装束の雪乞人は現れた。
団扇太鼓を打ち鳴らしながら目を閉じて精神集中し、呪文を唱え始める。上空に雪雲が集まってくる。人々はそれには気付かず、雪乞人に怪訝そうな顔を向けながら通り過ぎて行く。
呪文を唱え終わった雪乞人は地にひれ伏した。
「おじさん、どうしたの?」
幼子が雪乞人に声を掛けた。雪乞人は上体を起こし、心優しい幼子に答えた。
「雪が降るのさ」
幼子が空を見上げる。
「わ!」
公園の上空にだけ集まった雪雲から、大きな牡丹雪がどっさりと降ってきたのだ。
「雪乞人などいない」
そんな噂の流布は、このホワイトクリスマス以降、ぱったりと消えたのである。
【回文】
「雪が降るのさ」
「わ!」
噂の流布が消ゆ。
【書き下し文】
ゆきがふるのさ。わ! うわさのるふがきゆ。
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