宇宙から来たマッチ売りの少女

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
宇宙から来たマッチ売りの少女 「マッチは要りませんか?マッチはいかがですか?」 私は、日がな一日、街の通りでマッチを売っているアンナ。と、いうのは仮の名で、本当の私は、デルセンといい、地球人が大マゼラン雲と呼ぶ、ハンスク星雲内のリスチ恒星系、第五惑星ヤンアン星から来た、恒点観測員である。 私は、やはり地球人がアンドロメダ星雲と呼ぶ、ルイーズドラ星雲とハンスク星雲との間で成立した惑星連邦の一部所、文明監査室に所属している。監査室とは、遭遇した文明が私達にとって有益か、それとも有害となるのかを見極める事を仕事としている。 私達が地球を発見したのは、ほんの三十年ほど前の事で、丁度「産業革命」が興って、文明が急激に進歩を始めた頃であった。他の惑星の文明には類を見ないほどのスピードで進化する地球人に、ある種の危機感を持って、各大陸の要所に観測員を送り込んだ。 私は半年前に、ここデンマークのコペンハーゲンにやって来た。前任者のネロがベルギーにいたのだが、放火の嫌疑を掛けられ、更にその火事の影響による機器の不調により、大型犬タイプのパトラッシュ式ドローンと共にアントワープの聖母大聖堂内で活動不能状態にあったところを回収された為、急遽私が派遣されて来たのである。 準備期間の短かった私は、根回し設定を用意する時間もなかった為、親類縁者のない「みなし子」としてマッチ売りで生計を立てる、という設定で、街に入り込んだのである。 コペンハーゲンも産業革命の波に乗り、火力発電による電灯が普及していた。既に冬になり、暖炉も火が断える事がないので、むしろマッチの需要は少ない。そもそも貧しげな姿の少女に目をくれる豊かな街の者などいない。 私は手に息を吐き掛けると、マッチをすって、火を灯した。街行く人々は、凍えた貧しい少女が、少しでも暖を取ろうとマッチをすっている、と見て、蔑むような視線を送って来る。彼らは、温かそうな毛皮や、厚い綿入りの外套を着て、それでも寒そうに肩をすくめている。 まあ、私が着用している特殊スーツは、宇宙空間でも運用出来る汎用タイプなので、外気の冷たさは気にもならないが。 マッチをすると、とある家の中の、温かい料理の映像が浮かび上がった。湯気の上がっている鶏の丸焼きだ。 映像を少し引くと、部屋全体が見渡せる位置になった。これは、マッチ型の小型ドローンのカメラの映像を3Dホログラムで投影したものである。低文明の星では電力事情がままならないので、自身の熱変換による発電で、マッチの軸の長さ分は映像が確認出来る、というものである。今回が初導入である。地球もまだ石炭による発電で、インフラも未発達な為、電力供給が不安定なので、自家発電に頼らざるを得ない。 既にかなりの数のドローンを、有力者や金持ち、そして庶民の家に仕込んであるので、マッチをする毎に、種々な映像が現れた。種々な階級の、種々な暮らし振りを垣間見る事が出来る。 前回のネロの一件もあって、連邦の地球に対する倫理レベルの評価は低い。障害になる前に消滅させてしまえ、などと言う強行派もいるくらいだ。 私も最初は、その意見に賛成だった。地球人は身勝手で、自分本位で、差別意識の強い、放っておくと危険な存在だ、と思っていた。 しかし、十二月に入ってから、初老の男性と、若作りで派出な女性が、ほぼ毎日必ずマッチを買うようになった。 男性は、大きな貿易会社の社長で、 「少しでも足しにしてくれ」 と、いつも多めの代金をくれる。 女性は、大きな娼館の女主人で、貧しいマッチ売りの少女に昔の自分を見てしまったようで、 「困ったらいつでもウチにおいで。あんたならすぐに客が付くよ」 と、微妙なお誘いもしてくれた。 二人とも、出来る範囲内で、本気で気に掛けてくれているのが判った。それを見て、私は少し考えが変わって来た。 地球人も、捨てたもんじゃない、と。 私は、定期連絡でドローンデータと自分の見解を送った。もうしばらく、長期的に様子を見るべきだ、と。 いつもならすぐに返って来る返信が、今回はなかなか来なかった。返信を待っているうちに、いつしか街は大晦日になっていた。 雪の舞い散る街角で、いつものようにマッチを売っていると、男性と女性が同時にやって来た。二人とも息を切らせている。 「私は、明日から仕事でインドへ行く事になったんだ。もうマッチを買ってあげる事は出来ないが、頑張ってくれたまえ」 男性はそう言うと、マッチひと束を、かなり多めの代金で買って去って行った。 女性には、今から年越しパーティーをするから来ないか、と誘われた。が、それは私自身の問題で、丁重にお断りした。女性も、いつもより多くマッチを買ってくれた。 夜も更けて、空気が冷たく澄んで来た。私は、人通りも絶え、雪に覆われて静まり返った石畳の街角で、マッチをすった。そこには色々な映像が映し出された。家族と楽しく過ごす者、仕事で右往左往している者、悪企みをする者、貧しく寒さに凍える者、それぞれの年の瀬を迎えている。 今まで私は、「地球」という記号でこの星を捉えていた。しかし、こうやって同じ目線で地球人を見る事により、彼らも私達と同じように、喜怒哀楽を持って生きている、という事が判った。 きっと、この先、更に文明が進化すれば、私達と地球人とが共存出来る未来が来るかも知れない。 そんな事を考えながら空を見上げると、冷たい夜空に流れ星がひとつ落ちた。それは、一度は山の稜線の向こうに消えたが、すぐにまた浮かび上がって私の方へ接近して来た。それは、円盤タイプの大型シャトルで、二本のワープナセルが円盤後部でブリッジ状に連結しており、下部はまばゆい光が輝いている。 「よお、デルセン、元気かい?」 ウェアラブルモニターに、母船との連絡員の顔が映し出された。 「やあ、バアチャン、久し振り。今日はどうしたの?」 「木星で大規模な暴動があったって。手伝いがいるって事で、回収に来たんだ」 「そりゃ大変だ。私達まで駆り出されるなんて、かなりの大騒動じゃない」 「あと、本部決定で、地球の観測員は一部を除いてそのまま撤収だって」 「それはまた随分と急な話しだね」 私は驚いた。もう少しゆっくり出来ると思ったからだ。 「君の報告が決め手だったらしいけど、地球の事はあとしばらくは静観するって」 私は、複雑な気持ちだった。まだ地球を見ていたい、という思いもあったからだ。 「さあ、もう行くよ。除装して」 「うん、判った」 私は指先にあるテンキーで、パスワードを入力した。マッチ売りの少女の背中が割れ、カタパルトごと私の体が排出された。私は特殊スーツから久し振りに解放された。ヒーターを切ったので、すぐに表面温度も下がって、地球人が発見する頃には立派な凍死体に見えるだろう。周りにマッチの燃えかすが散乱した様子を見て、地球人はどう感じるだろうか? 「じゃあ、回収するよ、デルセン。遮蔽裝置を使ってると言っても、長居は危険だ」 私の体が緑の光に包まれ、円盤に向かって引き掲げられた。私の二倍くらいの大きさの少女の特殊スーツを見下しながら、私は地球の平和な進化を心に祈った。 さよなら、地球。 円盤に収容された所で、バアチャンから声を掛けられた。 「お疲れ様。久し振りに"男に戻った"感想は?」 「あれはあれで、結構楽しかったよ」 私は笑って答えた。 おしまい 註:恒点観測員は、ウルトラセブンと同じ役職です。 20171215了 20171215加筆
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!