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テストで満点を取ったこともありません。
悪いことをしたこともあります。近所のスーパーで、商品を万引きしました。どうして、そんなことをしたのか、未だに悔やまれます。
六年のときです。
住所や氏名を聞かれたので、校区がとなりの小学校を名乗りました。担任の先生を聞かれたら、どうしてか、近所にある小学校で勤務する先生の名前を知っていたのです。その先生の名前を言ってしまいました。
僕がうそをついたせいで、隣の小学校に連絡が行き、隣の小学校から先生がやって来たのです。正直に那美過第一小学校、六年一組、奥村崇高と名乗りました。
その後、ひなこ先生が那美過第一小学校から、来てくれました。僕と一緒に、謝ってくれました。
先生は何も悪くないのにです。もう二度と万引きしないでおこうと誓いました。親が涙を流しながら、僕を怒鳴りれました。ひなこ先生が、親をむしろ、なだめてくれました。
「奥村君、どうしたのかな?」
気がつけば、僕の原稿用紙に本文が書かれていません。ひなこ先生が、にこやかに僕の顔と目線を合わせて、隣から見つめています。
「先生、小学校で嫌なことばかり思い出すんです」
「奥村君って大人になったら、どんな職業に就きたいの?」
「お金持ちになりたいです!」
「うーん、お金は大切だよね。でも、お金持ちになるには、何かのお仕事について、仕事を頑張らないとなれないよ?」
どうしても、なりたい職業が思いつかず、僕は黙り込んでしまいました。
「勉強もできない。運動もできない、クラス委員の村田さんみたいに、自分は分かっていても、ほかの子のために質問したりする勇気もない。特技もない。ピアノが弾けない。書道もへた。絵もへた。歌もへた」
「え、村田さんのこと気がついていたの?」
「はい」
「人の長所を見ているんじゃないかな? 先生は奥村君を、とても素直な子だって思ってるよ。素直って特技じゃないかな?」
ひなこ先生はひそひそ声でした。ほかの子が、素直じゃないって、ひなこ先生から思われてる、と誤解して、傷つくのを避けたのです。
「将来の夢は……」
ずっと口ごもる僕を先生は黙って待っていてくれました。
「素直な人」
「良いんじゃない、素直な大人になりたいって書けば?」
本文に何を書いたかは、全く覚えていません。
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