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でも、遠く昔に見たような道に出た。
夜、空に浮かぶ月や星明かりに照らされた小学校の前で、車を止めた。僕が場所を勘違いしていたのだろう。
全員が降りて、懐かしそうに校舎や校庭やプールを見渡す。
たつろう先生も、ひなこ先生も、感慨深そうにしている。村田さんが、目に涙を溜めているので、僕がハンカチを差し出す。
村田さんが、震える声で肩を落した。
「五年生までは、この小学校で全員が学んだのに、新たに小学校ができて、六年のとき、那美過第一小学校と那美過第二小学校に、別れたんです。悲しかった」
校門の学校名を僕は見る。
”那美過第一小学校”と記されていた。
遠い記憶を呼び起こすが、ここに通っていた確かな記憶もあった。ひなこ先生の口元が緩む。
「奥村さんは、小学校五年生までは、ここに通っていたの」
「はい?」
「小学校五年生のとき、担任の先生がたつろう先生だったの」
「はい」
「五年生から六年に進級するとき、那美過第二小学校ができて、一部の生徒だけが、新設された那美過第二小学校に通うことになったの」
「そうでしたっけ?」
「うん、その一人が、奥村さん」
「え!」
「たつろう先生も、新しくできた那美過第二小学校に転勤したの」
「六年間、ずっと同じ小学校に通っていた気がします」
たつろう先生も頷いているが、やはり、遠い昔であり僕の記憶にミスがあるようだ。
「先生、本当のことを教えてください」
たつろう先生が、ひなこ先生と交代してくれた。
「先生が、奥村さんの六年の担任だったんだよ。私が二学期に体調崩してしまって、その間だけ、ひなこ先生が臨時に担任をしたんだね」
「たつろう先生、それならどうして、ひなこ先生のことを、僕が強く覚えているんですか?」
失礼な聞き方だった。
「五年生の担任が、ひなこ先生だったんだよ」
遠い記憶が混乱する。僕は頭を抱えてしまった。村田さんが、説明をしてくれた。
「那美過小、第一と第二に別れる前、五年生のとき、ひなこ先生も、たつろう先生も、五年生のクラスを受け持っていたんです」
「うん」
「私たちが六年に進級するとき、小学校が新設されたの、覚えてる?」
「全然覚えてない」
「それで、一部の生徒が、新しい那美過第二小学校に通うことになったの。たつろう先生が六年で、奥村さんの担任になったの。当時、ここは那美過小学校という名前だったの。ひなこ先生は六年の副担任だったんです。たつろう先生が体調崩され、二学期だけ、新設された小学校の応援に行って、奥村さんのクラスを担任したの」
「じゃあ、僕はこの学校の卒業生じゃないの」
僕は、たつろう先生と、ひなこ先生を見ていた。
「卒業生だよ」「卒業生です」
同時に声がしたが、同窓会は、どうなってるんだろう。たつろう先生に聞きます。
「同窓会は二つの小学校が一緒に開いているんだよ。六年を受け持った他の先生は、お年を召したりして……。一番若かった、先生二人が毎年、同窓会に出席しているんだ」
「たつろう先生、僕が小六のとき、学年主任でしたよね?」
「学年主任の環先生は、十年以上前に、残念ながらお亡くなりになりました」
どうしても、環先生を思い出せない。記憶になくても、多くの先生方が僕らを、支えてくれていたのだ。僕は校舎に向って合掌していた。
「ひなこ先生、たつろう先生、いつまでもお元気でいてくださいさい」
僕と村田さんの声が重なる。
***
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