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「駄目だよ」
幼い子供を諭すように、でも、
突き放すような冷たさを含めて告げる。
「どうして」
吸い込まれそうに澄んだ瞳が、真っ直ぐに涼香を見つめ返す。
ついこの間まで、共犯者のように抱き合った相手に、
こんな風にすげなくされるとは思ってもみなかっただろう。
「だって、あなたは卒業制作の為にこの町に絵を描きに来た学生さんで、
私はこの町に根を張って暮らす母親ですもの」
「だから?」
「住む世界が違うでしょ。
貴方はまた、学校に戻って将来の為に絵を描く。
私はこの町で、これからもずっと家族を守って暮らす」
将来をかけた学生生活最後のコンクールに挑む。
彼は弾んだ声でそう語った。
この町でそのための構想を練り、今日、ようやくそれが固まったと。
だからすぐにでも帰って、アパートでキャンパスに向かう。
浮かんだイメージを描きつけるために、一刻も早く。
熱に浮かされた調子でそう語る彼に、
改めて二人の決定的な隔たりを思い知らされた。
「じゃあ、どうして……」
抱き合ったの。
そう言おうとしているようだった。
しかし、それは言葉にならず、涙が一筋、頬を伝った。
夕日を映す川よりも澄んだ綺麗すぎる涙に、
改めて自分の愚かしさを思い知らされて、胸が痛んだ。
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