恋の終わり

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「どうしてもこうしても、  貴方がこの町を去る頃には別れるつもりだった」 「そんな」 みるみる青褪める顔はまだ幼く、そのあどけなさが 小学四年生になる息子と重なり、益々胸が苦しくなった。 妻に無関心な夫や反抗的になっていく息子との 擦れ違いに疲れてどこかに逃げ出したかった。 自分だってまだ若くて可能性がある。妻として母親として、 平凡で退屈な日常に身を埋めるにはまだ早すぎる。 そんな、現状に対する些細な反抗心から彼に近づいた。 そうして、優真を巻き込んでしまった。 幸い、まだ二人の関係は誰にも知られていない。 愚かな自分にできるのは、これ以上傷が深くなる前に どうしようもなく好きになってしまった男の前で、 道化の悪女を演じる事だけだった。 「あなたも、ちょっとしたアバンチュールを楽しんでいると思ってた。  まさか、子持ちの女と一緒になろうだなんて、  そこまで馬鹿な子だったなんてね」 涼香は眉間にしわを寄せて笑った。 せいぜい、したたかな遊び女に見えればいいと思った。 「僕は、貴方が旦那さんより僕を選んでくれると思ってた」 「まさか。夫は退屈だけどきちんとした勤め人よ。  安定した暮らしを提供してくれる人と、親の脛を齧る学生さん。  どちらを選ぶかなんて、分かりきってるでしょう」 「暮らしがそんなに大切?あんなに好き合ったのに?」 納得できない。そう訴える切実な瞳から目を逸らしたくなった。 優真は涼香の真意を計ろうとしていた。 だから、涼香はあえて瞳を逸らさなかった。 「甘いわね。好きだけでは生きていけないのよ」 「絵を、ぼくの絵を好きだと、素晴らしいと言ってくれた」 「えぇ。貴方の絵は好きよ。でも、それで食べていける?」 「駄目だった働くよ、だから一緒に来て。愛してるんだ」 聞き分けの悪い子供のように叫んで、優真は涼香を力いっぱい抱きしめた。 息が苦しくなるような抱擁に、またしても頭が蕩けはじめる。 こんな風に全力で求められる事が、この先あるだろうか。 夫や子供も自分に望むのは、 食事を作り世話を焼いてくれる事ばかりだ。 それだって、いくら頑張っても、感謝の言葉すらない。 彼とこの町を出れば、自分は家事をするだけの家政婦ではなく、 一人の女でいられる。
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