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第3話 人の歩く道
近所の細い道路に、変わった場所がある。歩道を示す白い線は、たいていどんな道路にも描かれている。
だが、その場所は歩道の部分に、わざわざ“人の歩く道”と書かれているのだ。
通勤の往復に、バス停と自宅のあいだにある道なので、出勤の日には毎日、そこを通る。一方通行のせまい道なため、歩行者はどうしても、そこを歩くしかない。通行人はとくに気にすることもなく、みんな“人の歩く道”を歩いていた。
ある朝、そこを通っているとき、ちょうど前に通学中の小学生が数人いた。
仲のいい子と喋りながら、歩道のなかを通っている。当然だ。歩道とは歩行者のための道なのだ。
だが、そのなかに一人だけ、わざわざ歩道をよけて歩いている子どもがいる。必然的に車道を歩くことになるわけだ。自動車が来るたびに、迷惑そうにクラクションを鳴らす。それでも、その子はかたくなに歩道に入らない。
そんなことを数回、見かけた。
歩道をさけているのは、いつも同じ子だ。その子は他の小学生たちに嫌われているのか、いつも一人、みんなから離れていた。
それにしても狭い道だ。車道を通っていくのは、かなり危険だ。文緒が見ただけでも、その子が猛スピードで走ってきた車と接触しそうになって、ヒヤリとしたことが何度かあった。
それを見ていた近所のおじさんが、眉をひそめて子どもに注意した。
「こらこら。そんなとこを歩くと危ないぞ。ほら、こっちを歩きなさい」
おじさんが子どもの手をとって歩道に入らせようとした。すると、少年は急に大声をはりあげて、わあわあと泣きだした。おびえかたが普通じゃない。歩道のなかに一歩でも入ると死んでしまうかのようなぐあいだ。
通行人の視線を浴びてバツが悪くなったおじさんが手を離すと、子どもは泣きやみ、車道を走って逃げていった。
そのようすがあまりにも異常だったので、深く印象に残った。
それから、また数日後。
文緒は道路の落書きを見つけた。
例のあの道だ。
人の歩く道と書かれた歩道の、“人”の文字に白いチョークでバツがされて、となりに“鬼”と書かれている。
子どものイタズラかな。
変なことをするなと思った。
だが、ぐうぜんだろうか?
その後もあの少年を見かけたが……。
少年は歩道側を歩いている。
ニコニコしながら、ここが自分の道なんだと誇るように。
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