赤子と天秤

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* ……なんてことだ。 不覚だった。不覚すぎる。 朝、久しぶりに深く眠った気がする私はすぐに違和感に気づいた。 赤子の声が聞こえない。それどころか、生活音が一切しないのだ。 壁に耳を当ててみるが、やはり音は聞こえない。 その瞬間私の頭に浮かんだ言葉は「逃げられた!」であった。 きっと昨日私が妻の方に話しかけてしまったのが悪かったのだ。おそらく事件の発覚を恐れて逃げたのだろう。 その日、私は安寧だと思っていた静寂に包まれた一日を不気味に思っていた。なんだか気持ち悪いのだ。なぜか、あの騒がしさが恋しい。 隣の夫妻はどこに逃げたのだろう。あの赤子たちはどうなったのだろう。 もしかしたら、いや、これはあくまで想像の範疇だが。もしこの部屋の隣で今、赤子が大量に死んでいたら。 そう考えた途端にゾワッと背筋を駆けるものがあった。 仮にそうだとしたら逃げたと思っていた夫婦が部屋に帰ってきても恐ろしい。 今後隣人と関わることを考えると余計にこの静かな時間が怖くなった。私は静寂から逃げるようにテレビをつける。 するとまたしても夜のニュース番組の時間帯だったらしい。テレビにはレポーターの姿が映っている。 しかしレポーターの次の一言で私は硬直した。 「またしても今日、赤ちゃんがさらわれました」 え? 意外な言葉に目を見開く。 まさか、居場所を変えてまた赤子をさらっているのだろうか。 でも、連日に渡り未だ変わらず続いている赤子の誘拐と、変化があった隣人の動き。 この静と動にどこか違和感があった。 なんだろう、何かがおかしい。 私はどこかで何かを見落としてはいないだろうか。もしくは履き違えていないだろうか。 それこそ根本的な、何かを。
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