赤子と天秤

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* 翌日。 がやがやとした物音で目が覚めた私はぼんやりとしながら目を擦り、ゆっくりと現実の状況に溶け込んでいく。 そしてハッとした。 物音は隣人の部屋からで、聞きなれない声がいくつも混じって物々しい雰囲気がこちらまで伝わってくる。 私は「もしや」と何か突然予感がして、外の様子が見える小窓をそっと開けてのぞいた。 その「もしや」だ。パトカーが二台ほどこのアパートの前で停まっている。 私は慌てて、寝起きの恰好であることを忘れて外に出た。すると近くで佇んでいた五十代ほどの女性が話しかけてくる。 「あら、お隣さん? ずっと大変だったわね……。でももう大丈夫よ、あの人たち、逮捕されたみたいなの」 「逮捕……?」 私は寝起きで掠れた声を発していた。話の流れで彼女は二〇三号室の住人だと知った私だったが、『逮捕』という言葉に引き付けられる。 「あら、お腹でも痛いの?」 「え?」 「ずっとお腹をおさえているから」 そう言われて初めて、自分が大切そうに自分のお腹をおさえてることに気がついた。無意識の自分の行動にハッとする。 「あ、妊娠してるので」 「あら、そうなの!? おめでたいわねぇ」 もう片方の隣人はそう祝福してくれたが、私としては正直この二〇一号室の事件が日本をどれほど震撼させたのか、そのことの方が気になってしまった。 もしかしたらテレビで取り上げてる…!? そう思った私は話もそこそこにして自分の部屋に戻った。そしてドアが閉まった瞬間、「あれ?」と首をかしげる。 そういえば二〇三号室の人は『ずっと大変だったわね……』と言っていた。 それにやはり思っていたのとは違って、騒ぎ方が少し小規模なのだ。 それがどこか腑に落ちなくて引っかかる。 私は急いでテレビをつけた。 こんなに連日に渡って報道していたんだ。事件の解決となれば大々的に報道するだろう。 テレビをつけるとちょうど朝のニュース番組が放送されていた。 しかし一向にこの事件についての話が出ない。私は病的にテレビのチャンネルを変え続けた。 こんなに大きな事件をとりあげないなんて、ありえない! そして。 地元の局のニュース番組に私の待っていた情報が発信されていた。 カメラはこのアパートの私の隣……二〇一号室から手錠をされて出てくる男女を映している。 妻の方はこの前会った時と変わらぬ印象で、旦那の方は暴力とは無関係そうな、いたって普通な外見であった。 私は目を見開く。そしてポツンと呟いた。 「なんで……?」 隣人が逮捕されたその事件は、『誘拐事件』ではなかったのだ。
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