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***
「あーっはっはっは!!」
お洒落なカフェテラスで陽気な品のない笑い声が響く。
「ちょっと! 静かにしてくれる!?」
テーブルに少し身を乗り出して怒る私をその友人は軽くなだめて話の続きをした。
「それじゃああんた、今まであの騒音トラブルを赤ちゃんの誘拐事件だって勘違いしてたの!?」
「だって普通はそう考えるでしょ! 日に日に泣き声が増えてくんだから!」
「しかも、連続誘拐事件の本当の犯人はまさかの二〇三号室のおばさんだった、と」
「うん……」
「鈍感ね」
「それに関しては返す言葉もないわ……」
「えーと、それじゃあなに、あの騒音トラブルの妻の方に会った時、なんか妙な動きしてたって言ってたのはなんだったの?」
「たぶんだけど、あの紙袋に入ってたのは新しい赤ちゃんの声を流すために買ったカセットプレーヤーとカセットが入ってたのよ。で、私が隣に住んでることを知ったから、いつか苦情を言われるって思って動揺してたんだと思う」
「なるほどねー……。たしかあの事件、旦那が耳を悪くしてたから大音量で音を流してただけで奥さんの方は正常だったんだもんね。ノイローゼ気味だったとは聞くけど」
「妻の方は確かに生まれたばかりの子を亡くしていて、その件があるから現実逃避するように大音量で赤ちゃんの声を聞く夫に強く言えなかったんじゃないかな」
「じゃあ、あの青あざは?」
「数日前にノイローゼ気味だった妻の方が買い物途中で事故に遭ったんだって。たぶんそれ」
そこまで聞いて友人は深く息を吐いた。
「……つまり色んなことが重なって、あんたは思いっきり勘違いをした、と」
「まぁ、そういうこと」
「でもよかったじゃない、隣に『大量の赤子の死体』が無くて」
「そうだけど……ドアを開けたら異常な数のカセットプレーヤーが残ってたのも気持ち悪いでしょ」
「まぁねー」
するとテーブルの上に置いていた携帯電話が鳴る。
「電話?」と聞く友人に私は首を横に振り、「メール」と返した。
メールの差出人は、娘から。
私は素早くメールを返して、携帯電話をテーブル上の元の場所に戻した。
「明里ちゃんから?」
「うん。もう少ししたら学校が終わるみたいだから、迎えに行こうかと思う」
「わかった。それにしても、あんたも丸くなったわねぇ」
「なに年寄り臭いこと言ってんの」
「もう十分年とってるじゃない。昔は『赤子なんて大嫌い』って言ってたあんたが三人も産むし、しかも今は『赤ちゃん』って言えるようになったなんて。昔の自分に教えてあげたいわ」
「あーはいはい、その件なら何度も聞いた」
柔らかく談笑できるようになった私も、叶うならば過去の私に色々と教えたいと思っていた。
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