1946年 ミュンヘン

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「……わたし、ハンブルクから船に乗ったのよ」  その街の名を口にするサラの顔から怒りが消え、代わりに悲しいような気まずいような、奇妙な表情が浮かぶ。逃げ延びた者と逃げ遅れた者との断絶は、クラウスとの場合と同じようにサラとの会話の中でもふとした瞬間に影を落とす。  レオが自分自身の被害者としての立場に鈍感であるだけに、その断絶は逃げ延びた彼らが勝手に自らを責め、傷つけるだけの意味のないものであるようにも見える。しかし、陳腐な慰めを口にすることがさらに相手を傷つけ追い詰めるだけであろうことはレオにもわかっていた。  サラの一家から遅れること数年、アメリカ亡命を目指すユダヤ人を満載してハンブルクを出港したセントルイス号は、中継地であるキューバの翻意により目的を果たすことが叶わずヨーロッパへ引き返した。交渉の結果、乗客はオランダやフランスなどの西欧諸国に入国を許されたが、それらの国も間もなく第三帝国の支配下に置かれ多くの元乗客は収容所に送られたまま二度と戻ってはこなかった。  レオに狼狽を悟られたことを気まずく感じたのか、サラはそこで再び話題をニコに戻した。 「ハンブルクに戻っても家財が残っている可能性はほとんどないでしょうから、新しい場所で暮らしはじめること自体は悪いことだとは思わないの。ただ、もう少しわたしたちを頼ってくれてもいいと思うのよね。ニコは世の中を甘く見てるわ。見知らぬ場所での新生活なんてそう簡単にいくものかしら」 「ニコだって君には感謝しているさ。ただ、気が引けるんじゃないかな。俺たちは本当に君たちのに当たるのかも怪しいわけだし……」  思わずニコをかばおうとしたレオが言い終わるのをサラは待たない。今度は苛立ちの矛先をレオに向けた。 「何言ってるのよ。この期に及んで、そんなもの関係ないに決まってるじゃない。改宗していればユダヤ人じゃないっていう理屈ならば、そもそもあんたたちは、こんなことになってないはずでしょう」
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