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1950年 ミュンヘン
ユリウスには懲役五年の判決が下された。
ニコの証言が採用された結果、戦後の逃亡については悪質性が低いと判断された。主体的ではないもののアウシュヴィッツで移送者の選別に関与したことなどから執行猶予なしの懲役刑となったが、控訴をする気はさらさらなかった。
ユリウスはニコが自分をかばおうとしてくれたことを直接本人の口から聞いて密かな喜びを感じた。しかし自らの罪にニコを巻きこんでしまったことについてはどうしても許せないままでいる。
ニコの証言はユリウスの刑を軽くしたが、犯人隠匿それ自体が罪であるためニコは起訴されることになった。おそらく情状が考慮されて実刑にはならないだろうと弁護士は言うが、自分が勝手な判断で出頭したことで回り回ってニコにまで前科をつけてしまった。ユリウスは、この期に及んで自分がまたひとつニコに対する罪を重ねてしまったことを悔やんだ。
刑が確定したとニコが報告に来たのは、ユリウスが刑務所に移送されてしばらく経ってからのこと。今度こそもう二度とニコの人生の邪魔をしないと決めていたユリウスはニコの面会に応じるべきか悩んだ。しかし結局は「もう一度だけ会いたい」という欲望に負け、最後だと心に決めて面会室へ向かった。
ニコは面会室で、緊張した面持ちで落ち着かなく視線をさまよわせていた。刑務所の独特の雰囲気に圧倒されているのかもしれない。
アウシュヴィッツで囚人として扱われていたのはニコだが、ここで檻の中にいるのはユリウスだ。覚悟していたものの惨めな気持ちは抑えきれず、ユリウスはあの頃ニコがどんな思いで自分と向かい合っていたのかについていまさらながら胸を痛めた。
ユリウスが腰かけると格子の向こうのニコは口を開いた。
「禁固六ヶ月に、執行猶予がついたよ。控訴はしない」
「そうか」
「心配しないで。職場の人たちも理解があって、今回のことを知った上で仕事を続けていいって言ってくれているんだ。僕は何も困っていない」
裁判所では離れた場所に立っていたし、しっかり正面から向き合うことはなかった。こうして二人で話をするのはウィーン以来だろうか。しかし後ろめたさからユリウスはニコの顔をまっすぐ見ることができない。ニコが気遣いを見せれば見せるほどユリウスはいたたまれない気持ちになった。
「話はわかったよ。もう行ってもいいか?」
ユリウスが早々に面会を切り上げようとした、そのときだった。ニコが覚悟を決めたかのようにユリウスに問いかけた。
「待ってユリウス。教えて欲しいんだ、君がレオを、兄さんをゲシュタポに通報したときのことを」
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