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心のどこかで予想はしていた。
公正なニコは彼自身のやってしまったことに耐えきれず、良心の呵責から裁判で証言をしたのだろう。だが決してレオを殺したユリウスのことを許したわけではない。ここに今日やってきたのも、もしかしたら直接断罪するためなのかもしれない。だが、平和で平穏な日々からニコに過去の憎しみを呼び戻したのは他の誰でもないユリウス自身だ。これで最後なのであれば、何もかも話すのが加害者としての自分の義務なのだろう。ユリウスは覚悟を決めて遠い記憶を呼び出した。
「あの日……おまえに触れているところをレオに見られた日、二度とニコに会うなと言われて俺は逆上した。今思えばレオの言っていることは正論なんだけど俺はこういう性格だから……瞬間的に激しくレオを憎んでしまった」
「それで、警察に行ったの?」
噛みつくようにニコに問われ、ユリウスは首を左右に振った。当時の幼く感情的な自分を思い出すと恥ずかしくてたまらない。しかし今の自分があの頃より成長したかといえば、そう言い切れる自信もなかった。
「殴られた顔を見てどうしたのかと訊ねてきた父さんに、レオにやられたって言った。俺の父はニコの家に俺が出入りすることをよく思っていなかったから、レオが俺に暴力を振るったという話を鵜呑みにしてそのままゲシュタポに伝えたんだろう。数日後にレオが連行された」
ユリウスが最後まで言い終わる前に、ニコの唇はわなわなと震えはじめた。怒りだろうか、悲しみだろうか。どんな感情をぶつけられても受け止めるつもりでいたユリウスに、しかしニコは意外にも否定の言葉を口にした。
「違う」
その意味がわからないユリウスには構わず、ニコが身を乗り出し堰を切ったように話しはじめる。
「ユリウス違うんだ! 君じゃない。兄さんをゲシュタポに通報したのは君でも、君の父さんでもない。君がレオに殴られたと話した直後に兄さんが連行されたのはただの偶然だったんだ。君は、ずっと犯してもいない罪のために苦しんでいた」
「ニコ。一体何を……?」
ユリウスにはニコの訴えている内容を理解することは難しかった。十四歳のあの日からずっとレオが連行されたのは自分のせいだと思っていたのに、いまさら「偶然」などと言われてもにわかに信じることはできない。それどころかニコは優しさゆえにとうとうこんな嘘までつくようになったのかとますます罪悪感が大きくなるくらいだ。だが動揺するユリウスにニコは続けてまくしたてる。
「兄さんの恋人だったイレーネを覚えている? 彼女だ。兄さんと仲間たちは反ナチ活動を行う地下グループを作っていて、あのときイレーネが兄さんを裏切ってゲシュタポに通報した」
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