あなたを愛してるから

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真っ赤な夕日が大きく輝く。刺すような朱金の色があたりを照らしている。彼女と別れてから一年過ぎた今、別れたはずの彼女を抱きしめている。彼女は前と同じように背中に手をまわさない。俺の行動に戸惑っているようだった。 「ごめんね。ごめんね」 繰り返し謝る彼女の体を壊れないように抱きしめる。彼女の肩に顔をうずめていると、彼女がそっと俺の頭に手を伸ばしてきた。そっと撫でてくれる彼女の手の平が優しい。彼女の息遣いを感じながら、喜びに震えていた。 「私、やっぱりダメだった。離れたくなかった」 「うん。俺だって同じだよ」 「いつもいつも、あなたのことばかり考えてたの」 「同じだ」 「私ね、わたし…」 「もういいよ、おかえり」 赤々と燃える太陽が沈みゆく。太陽が沈んでしまっても、もうタイムリミットだと思わなくて良い。地方の大学に進学した彼女は、別れた俺のことばかり考えていたらしい。別れたのだからと思っても、思い出すのは俺と過ごした日々。別れを切り出したことを悔いた彼女は、ある日突然やってきた。やり直せないかと切り出した彼女の声と体は震えていた。 「あなたとずっと一緒にいたい。別れたくない」 「俺は最初からそのつもりだったよ」 勝手に別れを切り出して去って行った手前、もう一度やり直したいと言えなかったのだそうだ。今もずいぶんためらっている。 「今は離れてるけど、大学卒業後は一緒に暮らそう」 「うん」 小さくうなづく彼女に俺は笑った。わかってるのかな。遠まわしだけどプロポーズしてるんだってことに。それともただ一緒に住むだけだって思ってるんだろうか。 彼女がそろそろと両手をのばしてくる。しっかり抱きしめる俺の背中に腕をまわしてくる。 沈んだばかりの赤い光が残る空に、星がまたたく。夕闇の中で俺はある言葉を思い出していた。 愛するものを手放しなさい この言葉には続きがあった。確かこんな言葉だったと思う。 戻ってくれば初めからあなたのものだったのです。 ちょっと違ったかな?まあ、なんでもいいや。彼女が今、俺の腕の中にいるんだから。 細い三日月と星空の下で俺は深く息を吐いた。
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