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we're Men's Dream -type D-
上京してしまえばこっちのもの。はじめのうちはふたつ、みっつと飲食店などのアルバイトを掛け持ちしながら、大学と並行して、週何回かの音楽学校に通う形だったけれど、ある程度音楽的な知識が身についてからは、もっと音楽に関わりがある割のいい仕事を見つけることができた。
あるとき音楽学校の講師に紹介され、クラブのシンガーとして仕事をすることになった。大学二年の夏前、ちょうど二十歳になった頃だ。
時給は破格の五千円。体の線がもろに強調されるドレスを着用させられ、若干の接客はあったけれども、夏休みの間に荒稼ぎができた。銀行口座には一〇〇万円以上が貯まっていた。
このアルバイトで歌のスキルを磨くこともできたのはよかったけれど、その反面、困ることもあった。
お客さんとのおしゃべりや音楽トークは楽しかったけれど、何度もストーカーにまとわりつかれるハメになった。これも記憶力のマイナス要素だった。
「〇〇さん、いつも来ていただいてありがとうございます。前回は六月二十日の二十三時過ぎでしたよね。残業が大変な中、来ていただいてうれしかったです。クライアントのせいでプロジェクトが頓挫していたっておっしゃられていましたけど、落ち着きました? 顔色もよさそうですね。あの時はわたしのテネシーワルツもほめていただいて……」
ご相伴するお酒の勢いもあいまって、ことこまかに記憶されていた顧客情報を用いてトークをすると、相手の男性が「サツキは自分のことをなんでも理解して好意を寄せている」と勘違いさせてしまうためだ。ストーカーいっちょうあがり。
おかげで何度も引っ越しせざるを得なくなってしまい、引っ越し貧乏におちいる。稼いでも稼いでも追いつかない。
気づくとあっという間に就活のシーズンに突入。わたしは全くそれに関してはコネづくりや事前対策を行っていなかった。就活に余念のなかった大学の友人たちは、次々と大手の内定を決めていった。さすがに田舎の両親からもこれからどうするのか、就職しないのならば田舎に戻ってこい、とせっつかれていたので焦りを感じ始める。
エントリシートと、過去問を丸暗記したSPI対策、コミュニケーションスキルも問題なかったが、二次面接でことごとく落とされた。最終選考まで残ることができたのは、友人には話せないような中小企業。
しかし、わたしの最大の目的は『田舎に連れ戻されずに音楽を続けること』だったので、しぶしぶと内定を受諾した。
就職先はグローバル展開をしている一部上場企業……の資本が入った子会社だった。親会社がもつ商社機能の一部である国内営業活動を請け負っていた。わたしの担当は総合職という名の雑用。先輩営業に随伴し、その営業補佐や雑務を大量に押し付けられる。新卒にも関わらず、入社初月から残業時間は二〇〇時間ごえ。顧客に合わせて、休日出勤もあたりまえ。
時間と体力を奪われ、あっという間に疲弊してしまう。音楽に費やす時間もお金もない。入社一年後には心身共に病んでしまう。欠勤を繰り返し、退職を与儀なくされた。後から知った話だと、通年経験者を大量に採用しながらも離職率が高く、新卒も毎年数百人採り、その中で役職までたどり着ける年数をこなせるのは皆無だということを知った。体のいい捨て駒なのだ。
わずかに残った貯金と失業給付金で糊口をしのいでいたけれど、限界があった。ちょうどその頃、見計らったかのように母親から電話があった。父親が腰を痛めてしまい、重労働ができない。一度田舎に戻ってきたらどうか、という提案だった。
心身ともに限界を超えていた私には判断力も選択肢もなかった。
後ろ髪引かれる思いで帰郷を決意した。
片道切符のつもりで上京したことを思い出す。できたばかりのバスタ新宿から夜行バスで実家の宮城を目指す。時折、揺れるシートから車窓を覗くと、自分自身の顔が映った。上京した時の目の輝きは喪われていた。もう二度と東京には戻れない。人前で歌を歌うことなんてかなわない。そう思うと鼻先がつんとして、目に涙が滲むのがわかった。
戻った先に待ち受けていたのは想像通りの日々だった。
「……おねえさん、おねーさんってっば」
胸の先端を指でなぞられるのに反応し、はっと我に返ると、つり目の彼女はまだわたしの胸の感触を堪能していた。
「ご、ごめん、なんかぼーっとしちゃって」
「そのスキに思う存分触らせてもらたんで大丈夫っス」
つり目が少し挑発的な目で続ける。
「……その分、私のも触ってもらっていいっスからね」
と言いながらわたしの右手首をつかんで自分の胸に添えさせる。
「……うん、気持ちいい感触だね。すべすべ。若いっていいなあ」
「なに言ってんスか。おねえさんだって若いし美人だし、そのうえ巨乳なんだから、いわゆる勝ち組? ってやつっスよ」
わたしは完全に負け組だったから、ここにいるのだけれど、まだ望む未来を叶える術はあるんだろうか。
頭の中でトップ・オブ・ザ・ワールドが流れはじめると、空高く、気持ちよさそうに鷹が滑空していく姿が目に入った。
<了>
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