(七)

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(七)

 夜中にもかかわらず、風呂が沸かされ、僕は秀とは別に入らされた。  それから、祖母の部屋に連れて行かれた。  祖母が言った。 「よくもやってくれたね、良。長い時間掛けてしつけてきたのがすべて台無しだ」  僕はしれっと言い返す。 「お祖母様のおっしゃったとおり、僕はアルファだったようです。秀の放つ沈丁花のような香りで征服欲と愛情に火がついてしまいました」 「お前の家にも一族の香りに似た沈丁花があっただろう。なぜ耐えられなかった?」  やはりそのための木だったかと思った。  肩をすくめて見せる。 「あの木でしたら、香りがきついのが嫌だと隅に追いやられてますよ」 「馬鹿息子と馬鹿嫁のせいか」  祖母は苦々しげに言った。 「良、優、秀――」  そこで初めて兄もここにいることを知った。なぜ?という疑問はすぐに解かれた。 「お前たちは、実の兄弟だ」  息を飲んだ。 「秀が生まれてここに連れられて来たとき、一目見て第二の性がオメガだとわかった。この第二の性を見抜く能力こそが、私のアルファたる真髄さ」  つまらないことのように祖母は言った。 「アルファの夫婦がオメガを育て続けるなんて時間の無駄だ。お前たちの両親は、二人目を妊娠するとやっと秀を私に渡した。だが優が生まれてからこっち、帰省してこなかった。知るのが怖かったのだろう」  僕は兄をうかがう。  とりあえずは落ち着いて深い呼吸をしているようだ。 「(とお)まで待って診断を受けた優はベータだ。末っ子の良だけがアルファだが、失明した。これでどうやってお前たちは家を支えていく?」  祖母が盛大にため息をついた、 「その上、よりにもよって兄弟で番っちまって。秀は初心(うぶ)なまま欲しいと言われていたから、相手方にお見せしてもいなかったのに。こんなことなら先に抱いていただいておけばよかった」  秀の啜り泣きが聞こえる。放つ沈丁花の香りすら物悲しい。 「もうし、わけ、ございませ、ん……」 「泣くんじゃない、鬱陶しい。今更どうにもならないだろう。雄が欲しかったお前のところに都合よく、上等のアルファが来ちまったんだ。逆らえるわけがない」  上等のアルファ――それが僕の価値、佐々木家の財産というわけか。 「では、僕の未来は種付け馬というわけですか」 「そうだよ。さすがに察しがいいね。事故で目が見えなくなっただけで、体には何の問題もない。せいぜい頑張って種付け料を稼ぎ出してもらうさ。でなきゃ男妾(おとこめかけ)として売りに出す」 「お断りだ!」  怒鳴ると低い声で返された。 「お前は秀を疵物(きずもの)にした分の弁償金と、二人分の生きていく金をどうやって稼ぐと言うんだい、その目で」 「何だってしますよ。何ならこの愉快な佐々木家の一族話を面白おかしく小説にでもして切り売りします」 「小説家かい? 話にもならない。大ベストセラー作家にでもなるなら別だが、その前に飢えて死ぬよ」  僕は立ち上がった。 「あなたはこの家を立て直した優れたアルファかもしれない。だが、もう十分に年寄りだ。今、金を稼ぐことしか考えられなくなっている。いや、むしろ後継者を育て損なった失敗者だ。失礼します!」  僕は障子を叩きつけるように開け広げ、廊下に出た。 「良様!」  秀の――長兄の声がした。それにも振り向かず、僕は自室へ戻った。
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