(三)

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(三)

 秀は月に一週間ほど休みを取る。オメガ特有の発情期が来るという理由で。  こういうことは小学校三年くらいに学校で習うのだという。  第二の性に目覚める以前の子どもにはお互い影響がないが、一度目覚めるとオメガはアルファを引き寄せてしまうし、アルファや敏感なベータはオメガに引き寄せられてしまう。  不用意な接触から強姦や意に染まぬ番ができてしまうのを防ぐためにオメガは外出を控えるのが普通なのだそうだ。 「僕はまだ第二次性徴期は来ていませんし、自分の第二の性もわかりませんが、秀に頼っては駄目なのですか?」  祖母はきっぱりと言った。 「秀のためです。我慢をなさい。秀の身に何かあったら、あなたもいやでしょう?」  おや、と思った。どことなく祖母が秀を気遣っている。  秀はただの使用人ではないのか? 「それにあなたはアルファです。わたくしにはわかります」  断言されて、思わず顔をしかめてしまった。  祖母が小声でひとこと言った 「何ですか?」 「なんでもありませんよ。お下がりなさい」  秀の代わりについてくれている正紀(まさき)という住み込みの十三の少年が手を貸してくれた。 『皮肉だこと』  祖母は確かにそうつぶやいた。祖母は僕をアルファだと信じているようだが、それなのに世間的に能力を十分発揮できない立場になってしまったからか?  秀は発情期以外は常に側にいてくれた。寝間も僕の寝間の隣だ。  いたずらっぽい声で「怖い夢を見たら、子守歌を歌って差し上げますからね」などと子ども扱いする。  逆に、発情期に入ると秀がどこにいるのか全くわからない。だいぶ屋敷になれて、人の気配がわかるようになってきたのに、秀は全くわからなくなる。この屋敷を離れて隠れるのかもしれない。  正紀は手を貸してくれるが、昼間は学校にも行くし、僕の荒れた心を慰めるような提案はしてくれない。  だから毎月秀のいない一週間が終わるのをいらいらしながら待った。 「ただいま戻りました」  秀の匂いがした。(かす)かに甘酸っぱい。 「遅い」  僕は甘ったれて言う。 「申し訳ございません。留守の間ご不便はございませんでしたか」 「不便だらけだ。正紀は学校に行くのだから、お手洗いに行くのすら不便だ」  ふふふっと秀が笑った。 「秀は存じておりますよ。もう本当は一人で壁伝いに行けるほど、このお屋敷のことをおわかりだということを」  顔が熱くなった。 「でも、秀にお声がけくださいね。秀が良様について参りたいのですから」  僕は声の方に両手を伸ばした。 「秀」 「はい」  そっと秀の体が腕の間に入ってくる。そして、腕が僕の背に回されしっかり抱きしめられる。僕も秀の背に腕を回す 「怖いんだ」  僕は秀に本音を打ち明ける。 「お祖母様は、家庭教師をつけるとおっしゃったけれど、まだ何もお話がない。もう五月だ。僕は五日には十歳になる。今から点字を覚えるとなると早くから始めた方がいいのだろうに、学校にも行かせてもらえない。このまま僕はここで飼い殺されるのだろうか」 「そんなことございませんよ」  秀の声は耳に優しく響く。 「大奥様はずっと先までお考えになって手を打つお方です。いずれ何らかのご指示を出されるでしょう」  秀の抱擁から抜けて、秀の顔があると思われる方を向いた。 「秀は学校に行かせてもらっていないじゃないか」 「秀はオメガですから、この歳になると毎月一週間も休まなくてはなりません。それに秀はいずれこのお屋敷を出ます」  頭を殴られたような気がした。 「出るって、どこへ」 「どこかはまだわかりません。政略の道具として、大切なお相手のところへ行き、かわいがっていただけるよう精一杯お仕えするつもりです」  心臓の鼓動が異常に早くなり、頭ががんがんした。  秀は何を言っているんだ?  暗い目の前が更に真っ黒に塗りつぶされた。
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