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晩秋の海は寒かった。午前中だからというのもあるかもしれない。風が強くて、波がやや高い。サーファーが何人か波乗りをしている他は人がいなかった。
私は波が打ち寄せないくらいの海の近くまで行ってボストンバッグを置いて、その上に腰を下ろした。
海の水面に太陽の光が反射して眩しい。まるで海が笑っているみたい。海の中の住人は幸せだろうな。水面を通って入ってくる光はゆらゆら揺れて綺麗だろう。次は魚に生まれてこようかなんて思いながらぼんやりと海を見続けた。
海都も海が好きだった。二人でただ言葉もなく海を眺めたっけ。
私、さっきから海都のことばかり考えてる。これじゃ遠くへなんか行けない。
自然と涙が溢れた。
やっぱり私は海都が好きなんだ。
「遠くへ行くんじゃなかったのかよ?」
太陽が昼を告げる頃、後ろから海都の声がした。私は驚いたけれどとっさに涙を拭う。
「……ここから海の向こうの遠くへ想いを馳せてるのよ。海都こそなんでここにいるの?」
「考え事するときはここなんだよ」
海都のアパートから2時間半はかかる。こんなとこまで考え事するときは来てるんだ。私の知らなかった情報。
「私を探そうとは思わなかったわけ?」
「小夜は言い出したらきかないし、必ず戻ってくると思ってたから」
「自信過剰」
「小夜は俺が好きだからな」
私は海都に言われて口を閉じた。悔しかった。
何よ。中途半端に私のこと理解してるんじゃないわよ。それだけ分かってるくせに、どうして結婚したがってるって分かんないのよ。
海都は私の隣に座った。そしてただ海を見つめた。
私は決心して出てきた自分が馬鹿馬鹿しくなって、同じように海を見た。寄せて返す波をずっと見ていると不思議と悔しさが安らいだ。結局私は海都から離れられないのだ。
「俺もさ、小夜が大好きなわけよ。だからゆくゆくは結婚しようとは思ってるんだぜ? 嘘じゃない」
「……だったらなんで昨日あんなに動揺してたのよ?」
「男の30代と女の30代が違うって、俺、分かってなかったんだ。
仕事も乗ってきて、これからお金が貯まっていきそう。結婚はそれからで良いかなって思ってた」
「私は子供を産むなら早く産みたい。若くて元気なうちに産んで、早く仕事復帰して、子育てと仕事両立させたい」
「そうだよな。小夜には小夜の将来設計がある。特に子供産むのは小夜だからな」
海都はそう言って、私の方を向いた。
「悪かった。そういうの、考えてやれなくて。結婚、しよう。結婚するなら俺も小夜とがいいから」
私はポカンと口を開けて海都を見た。こんな展開になるなんて思ってなかった。
「それってプロポーズ?」
「うん。ごめん。指輪も何も用意してないけど」
「指輪はいつでもいいもん。
……うん。私も海都とがいいから、よろしくお願いします」
先程とは違った涙が溢れた。
「泣き虫だな、小夜は」
「ほんとだよ。海都に泣かされっぱなし」
「ん」
海都は立ち上がって手を差し出した。
私はその手を取って立ち上がる。海都の反対側の手が私のボストンバッグを持ち上げた。二人で波打ち際を歩く。
「どこまで行こうと思ってたわけ?」
「海都のいないところ」
「なにそれ。それでたどり着いたのがここ? でも、まあ、ここで会えて良かった」
「うん。まさか海都が来るとは思わなかった」
「これからは俺から離れるなよ」
「なにそれ」
「人生共にすんだろ?」
「ふ。カッコつけちゃって」
「茶化すなよ」
私は海都が好き。海都も私が好き。これからはずっと一緒にいられる。もう遠くへ行く必要はない。
了
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