遠くへ行けない私

3/5
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 合鍵で海都の部屋に入る。  海都はまだ帰ってきていないようだ。  私は冷蔵庫から炭酸水を取り出してのんだ。頭がスッキリしてくる。  今日結婚のこと、言ってみようかな。  私はふと思って、緊張しながら海都の帰りを待った。 「ただいまあ〜」  先にお風呂に入って髪を乾かしている時、海都が帰ってきた。  私の好きなシューベルトのケーキを手渡されて、私は少し嬉しくなった。 「買ってきてくれたんだ。ありがとう」 「だって、誕生日だろ? 小夜の好きなケーキぐらい買ってこないとな」   楽しい飲み会だったのか、海都は上機嫌だ。 「ハッピーバースデー、小夜!」  言って、抱きしめられた。そして口付けされる。海都の唇は湿っていて、お酒の臭いがした。 「ありがとう」  どうしよう。海都、機嫌いいし、今言ってみようかな。考えていると、 「なんだよ、真剣な顔して。何かあったのか?」  と海都。  「うん……。ねえ、海都はさ、私とのこと、どう考えてるの?」 「あ? どうって?」 「……私、海都とずっと一緒にいたいな」 「いるじゃん」 「そうじゃなくて」  もどかしい。やっぱりストレートに言おう。 「私、海都と結婚したいな」  海都は冷蔵庫から取り出して飲んでいた水を吹き出した。 「な、なんて? 結婚?」 「うん。もう私も29になったし、そろそろ考えてくれてもいい頃じゃない?」 「そりゃ、俺だって小夜と一緒にいたいけど、結婚?」  急に海都は酔いが覚めたような顔でうろうろと視線を彷徨わせた。  海都の反応を見る限り、海都は結婚のこと、考えてもいなかったんだろうな。  私は海都にバレないように小さくため息をついた。 「結婚、なあ」  海都はぶつぶつ言っている。 「海都は私と結婚するの嫌?」 「嫌じゃ、ないけど……。もう少し先でも」  海都は私が切羽詰まっていることが分からないようだった。海都の未来設計では私との結婚はまだ先なのだ。  でももう少し先っていつ? どのくらい待てばいいの? 「ごめん。急過ぎたよね。忘れて」 「忘れてって言われてもなあ」  海都は困った顔のまま言った。 「私、疲れたから寝るね」  私は自分が惨めになって、そうかろうじて告げるとベッドに入った。  海都がシャワーを浴びている音を聞きながら、私は涙が溢れるのを止められなかった。  翌朝、私は、 「遠くへ行きます。探さないで」  と書いたメモをテーブルの上に置いて、海都が寝ているうちに海都のアパートを出た。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!