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家から中学校へ向かっている最中から、雲行きが怪しいとは思ってた。
それが朝の全校集会で生徒が体育館へ集められた時、本当に朝かと疑いたくなるほど辺りが暗くなった。
集まったばかりの体育館は、まだざわついている。そんな中だった。
カッと窓の外が光った瞬間、ザバァァァァァァ――ッ。一瞬で豪雨に包まれた。
「わっはぁ……スゲー雨。うるせぇ……」
隣に座っていたクラスメートのカケルがため息をつく。オレは思わず頷いて苦笑した。
「これじゃあ校長先生の話も聞こえないよな。まあ聞こえてても聞いてないけど」
「確かになあ。どうでもいいことしか言わないし」
しばらくカケルと笑い合っていると、さらに雨音が酷くなる。雨っていうより小石が本気出して体育館に穴でも空けようと体当たりしているかのような音だ。そんなことはまずないと分かっていても、バツバツ、ざぁざぁ、とにかくうるさい。あまりの音に近くのヤツと会話しようにも声が聞き取れない。
無駄話ができなくなって、なんとなくオレたちは口を閉ざして全校集会が始まるのを待つ。通り雨だから、しばらくすれば治まると先生たちは思っているのだろう。雨の大騒ぎが鎮まるまでは始める気はないようだった。
ライトは点いているのに、体育館の中は相変わらず薄暗い。
そんな中で何もせずにボーッと体育座りしていると、なんだか気分が重くなってくる。
六月の終わり……あと数日後には期末テストが控えてる。
まあ勉強はするけど、別に頭が良いワケじゃないし、特技なんかない。やりたいことはよく分からないし、でもそろそろ進路をどこにするかは決めなくちゃいけないし……。
……親も先生も、今が頑張り時だ。頑張れ、頑張れって言うけど、頑張って良いことあんの? 今の世の中。
良い大学出ても、ブラック企業で潰されちゃうんだろ?
結婚しても金ばっかり出ていって、子供作らなくても作っても文句言われるんだろ? 結婚しなくても文句言われるし、永遠の愛を誓っても別れちゃうか、ギスギスしながら一緒にいるんだろ?
やりたいことで食べていきたいってなっても、食べられるヤツなんてごく一部だって分かってるし、そのやりたいことがそもそもない。
手堅く公務員やサラリーマンって選ぼうとしたら夢がない、ユーチューバーや芸人とかってなれば夢見るなって……何選んでもバカにされるか、怒られるかだもんなあ。
いっそ家に引きこもりたいけど、ウチ、そんな裕福じゃないからなあ。
宝くじ当てて一発逆転できればいいけれど、高額当選なんて一千万分の一ぐらいの確立らしいし、ほぼ無理だもんなあ。
バツバツバツ、ざぁざぁざぁ――。
雨が止まない。ふと周りを見渡せば、みんなどこか沈んだ顔で俯いている。ぼんやりと淀んだ瞳。オレと同じように、お先真っ暗にしか見えない人生の行く末をなんとなく考えて、暗くなっているような気がした。
本当に止むのか、この雨? このままずーっと止まなくて、一生出られなくなったりして。
そんな考えが過った時、雨音がだんだんと落ち着いていった。
「スゲー雨だったな。まだ耳ん中に音が残ってるっぽい」
カケルがそう言って笑いながら耳をこする。オレも「だよなー」と同じように耳を弄っていると、ふと体育館をグルッと囲む二階の細い廊下の所を、教頭先生が歩いている姿が目に入ってきた。遠くて顔は見えないけれど、禿げ上がった頭は校内では教頭先生だけ。一発で判別できた。
二階から正面の檀上の裏へ回る所を見て、きっとマイクの音量設定や緞帳の上げ下げができる小部屋へ入ったのだと予想がつく。そろそろ集会を始めるんだろう。間もなく「あー、あー」と壇上の脇で司会進行する先生がマイクの調子を確かめていた。
心なしか外の重苦しい雨雲が薄くなり、明るくなった気がする。さっきまでの鬱々とした心がちょっとだけ軽くなる。でも、ちょっとだけだ。天気が回復したからって、オレたちの大半が辿る道は変わらないから――。
教頭先生が裏から出てきた、その時だった。
窓から眩しい光が差し込む――教頭先生の頭に直撃する。
ピカァァァッ! 真っ白に輝く光を、見事なまでに先生の頭は弾いていた。
気づいたのはオレ以外に何人かいた。ハッと息を呑んだり、目を丸くしたり。それで他のみんなも教頭先生に目を向け、その穢れない輝きを瞳に受ける。
ざわつきが、一気に体育館を揺るがす歓声となった。
オレも思わず「おおおおおっ!」と声を上げていた。
意外とありそうであり得ない、奇跡の光景。
みんな暗雲と豪雨の中、それぞれに心細くなっていた……そんな後の輝き。妙な感動と興奮が胸の奥から込み上げて、今もなお治まらない。
笑っているんじゃない。
馬鹿にしているんじゃない。
とにかくオレたちは感動していた。
ああ、世界はこんなにも明るいし、なんだってやれるんだっていう希望の火を、教頭先生の頭はオレたちに灯してくれたんだと思わずにいられなかった。
体育館内で巻き起こる謎の盛り上がりを、当の本人はまったく理解できず、二階でオロオロとする姿が見えた。そして動く度に頭は違う角度へ光を弾き、新たな盛り上がりとなった。
オレはこの光景を一生忘れることはないだろう。
少なくとも教頭先生の艶やかな頭は、オレを含む何人もの生徒の心を救ってくれた。
ハゲても人をここまで奮い立たせることができる。希望以外の何物でもない――両親ともに男子は若ハゲ必至な家系に生まれたオレにとっては。
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