ヒロインどこ行った?

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ヒロインどこ行った?

(相変わらず、馬鹿力……)  第二王子アルバートに手を引かれて学園の構内を歩くダイアナは、細身の身体なのに自分と第三王子を同時に連行出来るアルバートの腕力に感心しながらぼんやりと考えていた。 (何で婚約破棄されなかったのかな?)  ダイアナの脳裏には前世でプレイしたストーリーが浮かんでおり、そのストーリー通りであればダイアナは舞踏会でエリックに婚約破棄されている筈だった。 (さっきの人はヒロインじゃなかったみたいだし……)  そう考えながら、唐突に思い浮かんだ事実にダイアナはハッとした。 (──あれっ? ヒロインって、どんな顔だった?)  記憶にあるゲームでは、攻略対象の立ち絵はあったがヒロインの立ち絵はなかった。スチルの方も、攻略対象がヒロインの手にキスをする場面だったり、乙女ゲームによくある後ろ姿だけだったりと、ヒロインの顔が出てくる事はなかった。 (名前は確か、アメリア・デフォルト・ネイムで、作者様が名前考えるのが苦手だから家庭用ゲームでもデフォルトネームがあればそれを使うって制作日記に書いてて、安易なネーミングですみませんって……)  ちなみに、この世界の原作でもあるゲーム『残念Guys』は、個人サイトのフリーの乙女ゲームだった。フリーゲームと言ってもピンキリで、商業用の作品以上にクオリティの高い作品もあるので侮れなかったりもする。  タイトルでお察しだろうが、攻略対象は皆残念なイケメンだ。その影響か、この世界のイケメンは皆どこかしら残念なので、優秀なモブ顔の皆さんの地道でいぶし銀的な活動のお陰でこの世界は成り立っている。  エイプリルフール限定で公開された作品であるがゆえにシナリオの量はそれほどあるわけではなかったが、END数は5つあった。  残念なイケメンたちと遭遇して残念さを観察するだけのノーマルEND、第三王子とヒロインが惹かれ合い結ばれる王道END、第二王子と諜報ごっこの倒錯END、ダイアナの双子の兄ヘリオスがヘタレなので放って置けないわEND、攻略対象達が頼りなさすぎて男前なダイアナとの百合END。  ライバル令嬢との婚約破棄はあっても、悪役令嬢は存在していないので断罪シーンなどは皆無だ。 (入学式でエリックとのイベントが起こったのは遠目で見たけど、そう言えばそれ以降、彼女の姿を見ていないような……?)  緩くウエーブのかかった明るい茶色の髪の持ち主だったことは覚えているものの、先程の令嬢をダイアナがヒロインだと勘違いしてしまったのも、ヒロインと同じ髪色だったせいもあった。 (というか、名前は知っていても顔を知らないってマズイよね)  ダイアナはこの国の軍務卿の娘であり騎士でもあったので、お妃教育を受けつつも騎士の鍛錬も同時に行っていた。  この世界に女騎士は珍しくなく──ダイアナの両親は共に騎士で、軍務卿の地位は母が実力でもぎ取ったと聞いている──剣と魔法の世界でリア充していたダイアナは、鍛錬が楽しすぎたせいで原作通りにエリックを半ば放置していたのだ。  婚約者なのに色々酷いかもしれないが、エリックにはヒロインが居るから大丈夫! と、ダイアナはどこか安心していた。 (もしかして、ヒロインはノーマルENDを進んでる?)  ノーマルENDは別名、ヤバイもの見ちゃったENDだ。  エイプリルフール限定で発表された作品であるがゆえに、『残念Guys』は正規の乙女ゲームとは違う、ギャグテイストな作風だったのをふと思い出す。  今頃そんな事に気付くダイアナも、自覚のないままに残念な世界に染まっているのかもしれない。 「!」  何だかんだで目的地へ着いたらしく、未だ繋いだままでいる手をアルバートが一瞬強く握ってきたので、ダイアナは意識を彼に向けた。 (めっちゃ痛いんですけど!)  思っている事が顔に出ている、ダイアナの少し涙目な顔を見たアルバートは婉然と笑い、目的地である王族専用のサロンの扉の両隣で警護していた騎士の一人に声をかけた。 「軽食とお茶、三人分用意してくれるかな。お茶は多めで。銘柄や内容は任せると伝えて」  ダイアナは所属は違うものの騎士仲間でもあるので、二人へ向けて軽く会釈する。声をかけられていない方の護衛騎士がダイアナと同じ角度で会釈を返した。 「畏まりました」  アルバートに言付けられた騎士はダイアナに向けて会釈すると、マントを翻してサロン担当の者が居るセクションへと静かに駆けて行き──残った護衛騎士は王家の象徴である、ドラゴンを象った繊細なレリーフが施されたサロンの扉を開けた。 (あの人、動きも洗練されてるし──デキるな。この人もきっとデキる人だ)  駆け去った騎士を見送り、騎士目線で感心しているダイアナ。護衛騎士の二人の顔はイケメンではなくモブ顔だったので、この世界の法則に沿って考えると彼らは有能な騎士だとダイアナは確信していた。  そんなダイアナの意識を引き寄せるように、アルバートが軽く手を引いた。視線をアルバートへ向けると中へ入るよと目線で促され──ダイアナはそれに従う。  サロンは王族専用なだけあって高級かつ質の良い家具で整えられていた。  三人が中へ入ると扉は外から静かに閉められる。アルバートは部屋の中ほどまで二人を引き入れると、ようやくその手を解放した。 「お茶が来るまで好きなところで休んでるといいよ」  アルバートはそう言うと、入り口近くのクローゼットを開けて中に掛けてある衣装の確認をし、いきなり後ろのファスナーを下ろしてドレスを脱ぎ始めた。ドレスの下にクリーム色のロングビスチェとペチコートを着ていたので、いきなりパンツ一丁の状態にならなかったのがダイアナにとって幸いだった。 「お手伝いしますか?」  ダイアナが床に脱ぎ捨てられたドレスを拾いながら問うと、「大丈夫。それ、中に掛けておいてくれる?」と、アルバートはクローゼットの中の空のハンガーを見遣った。 「パッドは何枚くらい入っているのですか?」  隣に並んでハンガーを手に取ってドレスをかけた時に純粋に浮かんだ疑問を投げると、「何枚だったかな?」とアルバートは首を傾げながらビスチェの留め具を外していく。 「3掛ける2で計6枚だね」  胸に詰めていたものの数を数えた後、パッドをクローゼットの中の棚に置き、ビスチェも脱いで無造作にパッドの上に置いて、用意されていたシャツを手にすると袖を通す。 「3枚ずつであの感じなんですね。──なるほど」  何だかんだでダイアナは、アルバートの女装姿を何度も見ているので抵抗はない。そういうキャラだとわかっているし、似合っているのだから問題無いとさえ思っていた。  ちなみに第二王子の女装趣味は、知る人ぞ知る、公然の秘密でもある。それだけ理解のある、ゆるい世界であるとも言えた。 「今日は暗器無しですか?」 「うん。潜入じゃないから両足にダガーを一本ずつだけだね」  細マッチョな身体を覆うシャツのボタンをささっと留めていくと、アルバートはペチコートの裾を摘んで太ももを締めているシャツガーターを改良したらしいベルトに挿していたダガーを慣れた手で外していき、先程のビスチェの上にそれを置いた。  その時、コンコンと扉を叩く音が響き、着替えの最中なのにアルバートは相手を確認しないで「どうぞ」と入室を許可した。 「失礼します。殿下のお顔とお(ぐし)を整えに参りました」  そう言って入って来たのは、お仕着せ姿のアルバート付きの侍女だった。予め用意していたのか、クレンジングやメイク落とし後に肌を整える化粧水などが載せられたワゴンを押している。 「ありがとう。それは奥の鏡の近くのテーブルの方へ置いてくれるかな。着替えたらすぐ行く」 「かしこまりました」  侍女は指示に従い、鏡のあるところまでワゴンを押すと、近くに置かれている一人掛けの椅子を抱えて鏡に向かい合う様に置いてからワゴンの横にすっと立つとそのまま待機した。  そうしている間にアルバートは着替えを終え、ピンヒールを脱いで用意されていた革靴へ履き替えると侍女の方へスタスタ向かっていった。  ダイアナは手持ち無沙汰になったので、近くにある椅子に浅く腰掛け──エリックがこちらを見ている事に気付いた。 (もしかして、ずっと見てた?)  エリックが思い詰めたような顔をしていたのでダイアナは気になったが、目の前の彼はサッと視線を逸らすと鏡の前に置かれた椅子に腰掛けたアルバートの方へ行ってしまった。 「兄上」 「なんだい?」  サロンへ連行されるまでダイアナと同様、一言も喋らなかったエリックが兄に話しかける。 「さっきの格好は──例の諜報の一環ですか?」 「違うよ。我が弟の勇姿を見に来ただけだったんだけどね」 「ならば、変装せずとも正装すればよかったのでは?」 「それだと皆私だとわかってしまうし、主役のお前たち並みに目立ってしまうだろう? 私はお忍びで行きたかったんだよ」  本日の舞踏会(プロム)の主役である学園の卒業生のエリック達への配慮で女装していたようだが、エリックがダイアナに決闘を申し込んだお陰であの場にいた卒業生とそのパートナーにはアルバートの女装が知られてしまった。知られて困るわけでは無いものの、女装してお忍びで夜会へ行っても王子だとバレてしまうのがアルバート的には残念らしい。 「それは、申し訳ない事をしました……」  鏡に映るアルバートは、侍女の手でメイクを落とされ、徐々に素顔へと戻っていく。 「人払いした後で経緯(いきさつ)を詳しく聞かせてもらうから、それまでに頭の中でまとめておいてよ」 「はい」  メイク落としの〆にホットタオルで顔を丁寧に拭かれているアルバートに説明を求められたエリックはしゅんとして答える。 「そういえば、ダイアナもあの時変な事を言っていたよね? ──あれはどういう意味? その件も聞かせてもらうから覚悟して」  ダイアナが言った変な事というのは多分、婚約破棄のことだろうと思ったダイアナは、どう誤魔化そうかと考えた──。
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