婚約の新事実

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婚約の新事実

 学園内のサロンへと時は戻り──誰もが振り返る美女から、微笑むだけで乙女のハートを盗むイケメンへと華麗に変身したアルバートは、お茶と軽食がテーブルにセットされると人払いをし、舞踏会(プロム)からサロンへと連行するきっかけになった弟エリックに訊いた。 「で? 何故、結婚を前提に決闘を申し込むことになったんだい?」 「……軍務卿と剣聖の逸話を参考にしました」  軍務卿と剣聖。  軍務卿はダイアナの母オルティナのことだが、剣聖は生きた伝説と言われている先代国王の王弟ソンケルバーンのことを指していた。ソンケルバーンは、イシュトバーン家へ婿入りする時に名前をソーンと改名しており、今も健在だ。  エリックの言う逸話というのは、ダイアナの父セイランとの結婚を祖父に認めて貰うためにアルティナが祖父に決闘を申し込み、見事剣聖を撃破して結婚の権利と軍務卿の地位をゲットした件のことだろうとダイアナは思った。 「あれは確か、軍務卿が剣聖に結婚を認めて貰う為に行われたものだったと聞いているけど。──というより、お前たちは既に婚約者同士なのだから、結婚の為の決闘は必要ないよね?」  アルバートの言う通りである。  ちなみに、ソンケルバーンことソーンは、ダイアナの父のセイランに対して「俺を倒すことが出来たら認めてやる」と騎士団参謀科のセイランに無茶振りしたつもりだったが、それを聞いた天然が入ってるアルティナが「剣聖でもある父上を倒したら結婚を認めてくれるのだな⁉︎」と勘違いし、「決闘に負けたら結婚を諦める」と宣誓して決闘を申し込んだ。  その時、ソーンが所持している聖剣が“決闘を承認”してしまい、公開の場で父娘対決するほどの大事に発展してしまったらしい。 「それはそうなのですが──」  とても言いにくそうな顔でダイアナを見遣ってからエリックは答えた。 「うん?」 「ダイアナは俺との婚約に乗り気ではない、のではないかと──」  苦しげな顔で語るエリック。ダイアナは彼に対して恋愛感情はなく、年の近い兄弟程度にしか思えなかったので、その気持ちはすでに彼には伝わっていたようだった。 (あ、バレてた) 「そうなの?」  すかさずアルバートが聞いてくるが、ダイアナが答えに窮していると、エリックはその態度を見て思った通りだと確信した顔をし──アルバートはその沈黙をイエスと捉えて別の質問を投げた。 「そういえばさっき、婚約破棄とか言ってたよね。それはどうして? エリックは結婚をかけてダイアナに決闘を申し込もうとしていたから、破棄する気は全くないようだけど」 「それは──」  ヒロインの気配が全くない現状で言うのは憚る内容ではあったが、人を騙すには嘘の中に真実を混ぜる戦法が有効なのでダイアナは続けた。 「殿下と、ある令嬢が恋仲だという噂を聞いたからです。心から好いた方がいらっしゃるのであれば、次の軍務卿に決定している私と婚姻するよりその方と幸せに暮らして頂いた方がいいと思ったからです」 「へぇ、そんな噂があったのか」  意外そうな顔のアルバート。しかし、エリックはその噂の存在自体、心外だと言わんばかりに顔をこわばらせていた。 「ええ。ですから、先程の令嬢がその方なのだと」 「なるほどね。王族のエリックが、わざわざあそこまでエスコートすれば勘違いするかもしれないね。──エリックは何故、友人でもないあの令嬢にあそこまでしたんだい?」  話の矛先がエリックへ向くと、彼は顔を俯かせて何かを言った。 「──たかったからだ」  その声は、普段俺様系のエリックにしては小さかったので、ダイアナはつい訊ねてしまった。 「申し訳ありません、もう一度言っていただけませんか。お声が小さくてよく聞こえませんでした」  すると、ばっと顔を上げてエリックは叫んだ。 「ダイアナに嫉妬してもらいたかったからだ!」  叫んだ後、エリックは顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまう。乙女か。あぁ、乙女ゲームでしたね。 「エリックはダイアナがつれないから、気を引きたかったんだね」 「……そうです」  エリックの気持ちを的確に言い当てるアルバートは、未だ両手で顔を覆っているエリックを慰めるかのように、弟の頭を撫でた。 「ずっと、ダイアナに俺を見てもらいたかった。俺と同じ好きじゃなくても、俺の事を好きになってもらいたかった。だからダイアナに──決闘に勝って、仮初の婚約を本物にしたかった」  気持ちを吐露している間に感情が昂ったのか、エリックはぽろぽろ涙をこぼしながら情熱的な眼差しでダイアナを見つめる。 (え。本気で私が好きだって言ってる? 今までそんな素振りなんて無かったよね?)  ダイアナが混乱している間に、ダイアナが聞き逃した言葉を捉えたアルバートが問いかける。 「──仮初? 婚約が仮初ってどういう事だい?」 「俺とダイアナの婚約は未だ仮のものです。婚約すらしていない──」 「「え?」」  思わず同時に声が出てしまったダイアナとアルバートだったが、エリックの話はこうだった。  午前中、エリックは父親でもある国王に、挨拶も兼ねて明日学園を卒業する旨の報告をしに行ったそうなのだが、そこには祖父である前国王と剣聖ソーンも遊びに来ていたので、流れでエリックとダイアナの婚約の話になった。  通常ならば、卒業後に結婚することが慣例だというのに、エリックとダイアナの婚約に関しては何も進展がないことがエリックとしては気になっていたので好都合だと思って聞いたものの──。 「兄上のことがあるとはいえ、政略婚は普通なら卒業と同時に結婚するのが多いので、何故式の準備等が未だ空白なのですかと父上に聞いたのです。そうしたら剣聖に、婚約は最初から仮のものだから進むわけはないだろう、と言われました。ダイアナの方に俺と結婚する意思があれば婚約は仮ではなくなっていただろう、とも」  その話はダイアナにとっても初耳だった。前世で『残念Guys』をプレイした時にはそういった情報はなかったものの、ダイアナの百合ENDが存在するのを考えればあり得る話ではあったが。 「剣聖曰く、俺はダイアナの虫除けなのだと」 「ダイアナに婚約者がいればアプローチしにくいからね。──まぁ、そういうのを無視してグイグイ来る輩もいないわけじゃないけれど」  アルバートの言葉にエリックは頷き、苦笑する。 「ダイアナは王族の縁戚で久々に生まれた女の子だったから、血筋的にも高位貴族からは引く手数多だったみたいで。近隣諸国の王族からも何件か打診があったと……」  エリックの話を聞き、なるほどと言いながらアルバートが聞いた。 「もしかして、それを断る口実がエリックとの婚約だった?」 「そうです。仮初でもお互いの心が通じ合えば仮の婚約を真のものにすることも視野に入れていたそうです。お祖父様も剣聖を慮り、俺たちの仮の婚約を了承したそうなんですが、当事者である俺や父上にその事を話しておくのをうっかり忘れていたらしく」 「あー。お祖父様、うっかりしてるからなぁ」 「大事な事をうっかりで忘れないでもらいたいですよ本当に」  ぷりぷりしているエリック。 「なので、ダイアナにもイシュトバーン家の伝統はあるのだと言われました」 「イシュトバーン家の伝統って、政略じゃなくて恋愛結婚推奨のやつだったよね」  アルバートの言葉に頷くエリックだったが、真剣な眼差しをダイアナに向けてさらに言い募る。 「卒業後、俺たちの仮の婚約は一度白紙に戻るそうだ。表向きには婚約解消という事になる。でも、俺は仮の婚約だったとわかっても解消したくない。──だからダイアナ、俺と結婚を前提とした決闘をしてくれ」  エリックは決闘を諦めていなかった──。
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