出会ってしまった二人(1)

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

出会ってしまった二人(1)

 その日は特別な夜だった。雪がちらつく冬の寒い日。街は夜になっても明かりは消えず、むしろイルミネーションで飾り付けされた、蛍光色の派手な明かりが、これからが本番だというように夜を彩っていた。行き交う人たちも、今日という特別な雰囲気な街並みに充てられて、いつもより陽気な姿があちこちで見られた。  しかし、今日という日を歓迎しないものもいた。その一人が琴吹理(ことぶきおさむ)だった。彼は一人、部屋の学習机を前にして参考書を広げて、黙々とノートにペンを走らせていた。机の側にはラジオが置かれ、小さい音量で番組が流されていた。耳を澄まさないと内容が聞き取れないほどで、ラジオを聞くことが目的ではないのがわかった。程よい雑音は集中力を上げるようで、理もその効果のおかげか、机についてからすでに一時間以上は経過していた。さすがに長い時間集中力を保つのも難しい。理の持つペンの動きも鈍くなり、そんな中で、ラジオから聞こえてきた「メリークリスマス!」というやけに耳障りな言葉に、ペンを持つ手がとうとう止まった。  理はラジオに手を伸ばし、電源を切ると、椅子から立ち上がり、体を伸ばした。一息入れようと部屋を出る。廊下を通り、リビングに向かい、緑茶を飲もうと冷蔵庫を開ける。中には一切れのショートケーキがあった。理は特に気かけず、緑茶を取り出して、食卓に置かれていたコップに注ぐ。食卓にはクリスマスチキンや寿司が並べられている。そのどれもが市販品で、クリスマス用のラッピングが施されていた。まだどの料理にも手がつけられた形跡はなかった。理は緑茶を飲み干すと、テーブルにあったメモを手にする。 『クリスマス、一緒に過ごせなくてごめんなさい。冷めてしまったものは温めてから食べてね。お母さんより。はあと』  ひらがなで書かれた「はあと」に苛立ちを覚えた。理の母は四十近い中年の女性だ。それなのに若作りしてキャピってるところが、このメモからも感じるように痛々しい。理が注意しても、本人はまだまだイケてると思っているようで、尚更残念だった。そもそも、息子と夫がいるのに、その年でキャピって若い子と張り合うのは、無謀を通り越して修羅の道だ。理は今度怒らないで(さと)そうと考えた。なるべく言葉を選んで、このオバさんに気づかせてあげないといけないと。きつい言葉は再起不能にさせてしまうので厳禁だ。   理は謎の使命感に駆られながら、メモを指で弾くようしてテーブルに置いた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!