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 パーツを選んでください。  そう書かれたディスプレイを睨む妻の目は真剣そのものだ。目の形はたれ目が良い、唇は薄いほうが好みだなどとブツブツ言いながら何度も選択を繰り返す。 「そこまでこだわらなくてもいいんじゃないか」  などと私が口を挟むと、妻は異質なものでも見るかのような顔をして諦めたように溜め息を吐いた。 「女の子だよ? 可愛くなきゃダメじゃん」  何がダメだというのだろう。妻は眉間にしわを寄せてうーうー唸っている。  生れてくる子供の容姿などを選択できるようになったのはここ数十年の事だ。遺伝子操作によって自分の好きなタイミングで思い通りの子供を作ることができる。妊娠だって、自由にできるようになった。誰もが最初は眉をひそめたが、それがビジネスとして広まるのに時間はかからなかった。 「ねえ、この子の目、どっちがいいと思う? これが十年後でこれが二十年後の予想図」  妻が私に画面を見せながらそう尋ねる。少女と、まだあどけない女性の顔が二パターン映し出されている。どちらも、妻とは似ても似つかない。 「他の選択肢はないのか?」  他人としか思えない顔を見て、思わず首を振った。 「可愛くしたいじゃない。私みたいになってほしくないの」  返事が気に食わなかったのか、妻はディスプレイに視線を戻す。  妻の何にでも真剣なところが、私はとても好きだった。それなのに今だけは少し、そんな部分を面倒に感じながら妻の背中に声をかける。 「私にも選ばせてくれないか?」 「あとでね」  妻は気のない返事を返して、首を傾げた。  結局、その日のうちに決めることはできず、資料をもらって病院を後にした。どんな顔をつくろうかとウキウキする妻の様子は、なんだかおもちゃを与えられた子供のようだ。家に帰っても、時間さえあれば資料を眺めている。唯一の救いは、子供の資料が紙だということだろう。端末での閲覧は許可のある施設でしかできなくなっている。 「やっぱりディスプレイがないと想像しにくいわね」  彼女がテーブルの上に資料を投げ出した。それを手に取ってパラパラとみていると、見覚えのある瞳を見つける。 「これがいい」 「え、どおれ?」  私がぽつりと呟くと、妻は私の隣にきてグッと身を寄せた。これだよ、と指をさして見せると、彼女はわかりやすく不快感をあらわにした。 「可愛くないわ」  そういって嫌そうに歪められた瞳は、資料そのものだ。 「キミと同じ瞳だよ。口は、私に似せよう」 「嫌よ! 絶対に嫌!」  私の提案は妻のヒステリックな叫び声でかき消された。親の仇でも見るかのような彼女の視線に、私は少しうろたえる。 「どうしたってそんな……」 「私は自分の子供には可愛くいてほしいの! 苦労してほしくない! それが子供のためってものでしょ! 親の優しさよ!」  まくしたてる妻の目には、うっすら涙さえ浮かんでいる。落ち着かせるような口調で丁寧に自分の意見を伝える。 「キミは十分可愛い。それに、私は子供には家族を感じさせてあげたい」  まだ、この技術が確立されていなかった頃の祖母の家族の写真を見たとき、私はとても衝撃を受けた。一目で、その写真に写っているのが家族だとわかるのだ。現在ではどこの家族の写真を見ても、それが家族であると見た目ではわからない。私には、それがとてつもなく悲しいことのように思えた。  けれども妻はそうではないらしい。 「家族を感じるって何?」  私の意思を鼻で笑って、悲しそうにそう言った。 「私たちは家族なんだと、子供に思わせてあげたい。それが子供のためだ」 「家族っていうのは、見た目で決まるものじゃないでしょ!」 「そりゃそうだけど、キミとの繋がりも感じたい」 「子供はおもちゃじゃないのよ!」  彼女のその一言で、私は黙り込んでしまった。  おもちゃのように思っているつもりはないし、私から見てみれば妻のほうが子供をおもちゃだと思っているように感じる。  私が無言でいると、妻は資料をぶんだくって自室へとこもってしまった。今まで、喧嘩という喧嘩をしたことのなかった私は途方に暮れ、大きく息を吐いた。まずは、落ち着いて妻と話さなければならない。  怒鳴られるのを覚悟で彼女の部屋に近づくと、中から声が聞こえてきた。 「ええ、今回は中止でお願いします」  極めて冷静な妻の声をきいて、私は鈍器で殴られたような衝撃を感じる。彼女は失礼しますと明るい声で言って電話を切ったようだった。  何が子供のためだ。  何が親の優しさだ。  話し合いすらまともにできない私たちの間に産まれさせないことが、もしかすると一番の優しさかもしれない。 (17/01/16時空モノガタリ【優しさ】最終選考)
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