僕らは過程を生きている

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僕らは過程を生きている

 昔は子供が速く移動するための乗り物があったらしい。  そう言いだしたのは歴史好きのトモヒロだった。彼のこの発言で、県内の子供全員が僕たちのもとに集まった。全部で五人。トモヒロと僕、アツヤ、エミカ、それからホノミだ。僕はホノミのことが密かに好きだった。一番年上のアツヤが、年上らしく恐縮してトモヒロに尋ねた。 「トモヒロさん、移動するための乗り物って車や電車のことかい?」  それを聞いたトモヒロは、にやりと笑うと大きく首を振った。 「それは大人の乗り物だろ? そうじゃない。僕ら子供にも乗れるものがあったらしい」 「なあに、それ! 乗りたい!」  一番年下のエミカが楽しそうにぴょんぴょんとはねて、握っているホノミの手を振り回した。この中で、最も偉いのはエミカだ。それから、僕とトモヒロが同い年。次がホノミ。  トモヒロが大げさに体を動かしながら、これからの計画を僕らに話した。アツヤは落ち着いたふりをしてそわそわしていたし、エミカとホノミは何度も目を見合わせていた。僕は自分の胸の高鳴りを、まるで他人事のように感じていた。 「じゃあ、明日の朝イチにここにしよう!」  トモヒロはそういうと、迎えに来た母親のもとへ走っていく。僕らは頷きあってから、それぞれの帰路についた。横一列に並んだ家の中に吸い込まれるように消えていく。隣の家に住むホノミが、控えめに僕に手を振った。僕ら子どもは、テアツイホゴを受けて一つに固まって住んでいた。  家に帰ると、猫の目が光って言葉を発する。どこかの県で赤子が誕生したというニュースだった。母は興味深そうにそのニュースを聞いて、あと五年か。と呟いた。  集まった僕らはつい百年前までは車が走っていたという道路を我が物顔で歩く。太陽が照り付ける時間に、外を歩く大人はいない。誰も処理することができなくなった廃材置きに到着すると、トモヒロが設計図を広げた。車輪が二つ付いていて、その真ん中に椅子のようなものがある。  自転車というのだと、アツヤがおずおずと教えてくれた。さすがは年長者。彼はあと二年したら、僕らのもとから去ってしまう。  自転車と言うのは、少子高齢化に歯止めが利かなくなった数百年前になくなってしまった乗り物だという。そのころから、科学も、医療も、時を止めてしまった。弱った生殖能力が遺伝するようになり、僕ら子ども生まれることはもはや奇跡に等しい。  けれども、そんな希少な僕らを管理する人間はいない。老人にできる事なんて、たかが知れている。 「この、ペダルってのをこいで進むらしい」  トモヒロは小さな板切れのようなものを指さしてそう言った。確かに、こんな足を使いそうな乗り物、僕ら以外が乗れば転んだり、骨を折ったりしてしまいそうだ。  僕たちは担当するパーツに分かれて、廃材置きに入っていった。ペダルを担当することになった僕はゴミの山を描き分けて板切れのようなものを探した。なかなか、思ったようなものは見つからない。闇雲に手を突っ込んでいると、指先にするどい痛みが走った。ドクドクと赤い血が流れたその部分をぱくりとくわえ、もう少し慎重に探してみることにした。  ホノミは大丈夫だろうか。  ふと気になって、彼女が向かった方に進む。こんな危ないところで作業をして、彼女までけがをしたら困る。キョロキョロしながら歩いていると上ずったホノミの声が聞こえた。聞いたことのない高い声。それから、トモヒロの息遣いも。  足元を見ると、小さな金属の板が二枚落ちていた。  毎日、廃材置きに通った。僕はそのたびに、ホノミとトモヒロを盗み見た。  そうして、数か月後、手先の器用なアツヤが最後のパーツを取り付け終えた。僕らのための、僕らが作った自転車だ。ペダルには、血の跡が付いている。 「誰が最初に乗る?」  アツヤが聞くと、みんなが一斉にトモヒロを見た。トモヒロは、乗り方は本で見たと言って自転車にまたがる。グッとペダルを踏んで、ひょろひょろと数メートル進むと、派手な音を立てて倒れた。  次は、エミカの番だった。アツヤが椅子の後ろを手で持って、エミカが転ばないようにサポートする。そうすると、少しスピードが上がった。  ホノミは少し気分が悪いからと乗らなかった。ここ最近、彼女は具合が悪そうで、よく嘔吐していた。少しふくよかになった気もする。  アツヤは、支えを必要とせずに何度転んでも起き上がって挑戦を繰り返した。多分、走った距離が一番長かったのはアツヤだ。  僕はまたがろうともしなかった。 「明日もまた練習しようぜ!」  トモヒロがそういって、僕を含めた子供たちが頷く。夕焼けに追い立てられるように、廃材置きを後にした。  僕はその日の夜に家を抜け出して、完成した自転車をオイルに染まった川に投げ捨てた。 (17/02/10時空モノガタリ【自転車】)
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