ネジマキ式の音鳴りさん

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ネジマキ式の音鳴りさん

 狭い部屋で俺がでたらめにギターをかき鳴らしていると、右側の壁からドンっと大きな音が聞こえた。相手に見えるはずもないのだが心底面倒くさいというようにわざとらしく大きなあくびをする。  本当は今日こそ声をかけられるのではないかと、もうずいぶん前に用意を済ませていたのだが、申し分程度に鏡の前で寝癖を整えた。弁当の空き箱でパンパンになったゴミ袋が鏡の下半分をふさいでいる。  ドンドンといううるさい音が聞こえなくなったタイミングを見計らって、ギターを持って部屋を出る。  もちろん、ドアの前に先ほどの物音の犯人が立っていた。  俺はパジャマ代わりにしているスウェットの裾を引きずりながら、これまた心底面倒くさいというように、何か用と呟く。  すると彼女は決まってこう言うのだ。 「オトナリサン、さっきの歌を私にも聞かせてよ」  僕がミュージシャンになりたいと言うと、同級生たちは笑い、先生は真顔になって、次の日から僕の席は無くなった。  私が趣味は音楽だというと、面接官は眉をひそめてしまい第一志望の会社には受からなかった。  俺がギターを弾いている姿を見た恋人は泣き崩れ、婚約は無くなった。親は彼女に何度も頭を下げ、教育が悪かったと嘆き悲しんでいた。もちろんそれから会っていない。  それでも俺は、この古臭いギターを手放すことができなかった。俺のギターには今まで破綻した人間関係と、手放した大切なものが詰まっている。  彼女の後ろに続いて、人気のない道路を進む。薄くなったサンダルがペタペタとリズムを刻み、上空を走る車から聞こえてくる機械の稼働音がメロディーを奏でているように聞こえた。  俺のそれとは違うコツコツとしたリズミカルなヒールの音に気分がよくなって、ギターを持つ手に力が入る。ギターケースは、ギターと違って年季に耐えられずに朽ちてしまっていた。今さらそんなものを作っている人はいない。  彼女とこうして出かけるのは、今日が何度目になるだろうか。  決まった曜日に出かける約束をしているわけではない。週に一度の時もあれば、半年に一度の事もある。この関係が出来上がってもう数年になるのに、未だにお互いの名前すら知らなかった。  知っているのは、俺も彼女も、現代にはじかれているということだけ。それから、たぶん、歳は同じくらいだ。あと、そうだな。彼女も俺も、アンドロイドではなく人間だ。  いらなくなった金属が積まれた浜辺に到着すると彼女は、いつもありがとう、とはにかんで、何かの部品の上に腰かけた。 「お前も物好きだな」  そう言ってから、俺も彼女の隣に座る。  しばしの沈黙の後、彼女がカバンの中から小さな猿のぬいぐるみを取り出した。両手に金属のような板を持っており、背中に二か所に穴が開いた金属の羽のようなものががはえている。 「なんだ、それ」 「これね、リズムを刻んでくれるの」 「リズムを?」 「そう。見てて」  手のひらサイズの猿をもって、彼女がねじをくるくると回した。きいぃ、きいぃと聞いたことのない音がする。俺が興味深そうにその猿を見ていると、彼女がよく聞いてねと言って猿を地面に置いた。  猿は突然、狂ったように両手を動かし始めた。それによって二枚の金属がシャンシャンと小気味のいい音を立てる。最初は速く、次第にゆっくりになっていくそれが、どうしようもなく俺の心を揺らした。 「すごい、何で動いてるんだっ?」  興奮を抑えられずにそう聞くと彼女は、不健康な程白くて細い指で再度羽のようなものを回した。 「ねじまきっていうの。このお猿さんの中に、部品が入っていて、これ、ねじっていうんだけど、ねじと連動して動くんだよ。あなたならきっと喜ぶと思った。持ってきて正解だったね」 「ねじまき?」 「そう、ねじまき」  彼女が手を放すと、猿はまた、シャンシャンとリズムを刻み始める。正確さなんてどこにもない、子供だましのリズムなのに、この世界のどんな音楽よりも正しく思えた。 「すごく昔の技術なんだって。こんなもので音を楽しんでいた時代があったなんて、信じられないよね」  寂しそうな、切なそうな、なんともいえない表情をした彼女に何と声をかければいいか悩んでいると、どこからともなく放送が聞こえてきた。  ぎぃいんというただの機械の音を何十にも重ねたもの。誰も興味を持たない、名ばかりの最新ヒットチャート。  猿を手に取ってねじを回せば、その音を壊すようにリズムを刻んでくれた。  ねじ一つで動かすことができる、温かい音。  複雑な機械音が重なっただけの、冷たい音。  あの頃の僕が、あの時の私が、今の俺が望んでいるのは、そして彼女が求めているのは。 「いいか? 一回しか弾かないからな」  ギターを構えて、でたらめなメロディーを奏でる。  専門知識も技術もない。それから弦も二本切れている。替える弦はない。メンテナンスなんて誰も出来ない。チューニングなんて知らない。正攻法なんて分からない。ねじまき式の猿が鳴らすリズムは段々と狂っていく。  俺が放送を遮るように叫びながら歌えば、彼女は涙目で笑った。 (17/06/16時空モノガタリ【音楽】投稿作品)
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